二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

『掌に絆つないで』第四章(前半)

INDEX|12ページ/12ページ|

前のページ
 

Act.11 [幽助] 2019年12月10日更新


「なんでだよ……」
誰に問いかけるわけでもなく、呟く。
うな垂れる幽助をよそに、コエンマは結界の入り口に近づき、霊気を放出し始めた。そして振り向かずに告げる。
「ここで時間が来るのを待ちたいならそれでもいい。結界の修復が済んだら、次は冥界玉を封印するぞ」
今頃、人間界においてきた螢子は心細い思いをしているだろう。早く行って、少しでも長く彼女と過ごしたい。結論はそれだとしても、今、迫られている選択に足が動かなかった。
「オレは……なんで二回も別れなきゃいけねェんだよ……」
目前の桑原とも、人間界の螢子とも、再び訪れた別れの瞬間。
一度目でさえ、避けることは出来ないと覚悟していたにも関わらず、本当にその刻が訪れるまでは心のどこかで否定し続けていた。
「桑原も螢子もいなくなった。あん時と一緒の思いを…なんで二回も味わわなきゃいけねェんだよ……!! オレはいつまで、時間と戦って生きていきゃいいんだ……っ」
自分が魔族で、愛しい人たちは人間で、与えられた時間が違う。そんなことは誰かが気まぐれに漏らした戯言なのだと、言い聞かせようしていた。でも、彼らは本当に自分を置いて逝ってしまった。種族の違いは、どこまでも彼を追い詰める現実以外の何者でもなくて、儚い願いは叶わなかったのだ。
そのときの幽助には、その運命をどうすることも出来なかった。そして今、この瞬間もそれは変わらない。
音もなく、幽助の瞳からは大粒の涙がこぼれる。
再び手にすることが出来た温もりを、もう二度と手放したくはなかった。
涙を受け止めることを諦めたように、幽助はただ俯いてむせび泣いた。
「浦飯」
優しく呼びかけたかと思うと、桑原はにわかに幽助の胸倉を掴んで自らに引き寄せた。
そして涙でぐちゃぐちゃの顔の間近で、怒りを露わにして怒鳴りつける。
「早く行けってんだ、このバカヤロォ!!」
「…くわばら……」
「オレはそんな情けねェ面したダチを持った覚えはねェぜ!」
直後、濡れた頬に容赦なく拳が押し当てられ、幽助は地面にへばりついた。
「自信満々でオレをぶん殴ってたテメーはどこ行った! タメ年に負けたことなかったオレに容赦なく敗北感をくれた浦飯幽助はどこにいんだよ!」
唐突なことに驚いて、呆けたように桑原を見上げる幽助。だが、「一発じゃたりねェか!?」そういって肩口をつかまれ無理矢理立たされようとした途端、殴られたことに対する怒りが脳天を突き上げた。
「やりやがったなっ、テメー!!」
自分を引き上げようとする手を払いのけ、無防備になった桑原の鳩尾を幽助の拳がえぐった。
その瞬間、反撃に息をつまらせた桑原だったが、すぐさま鋭い眼光が幽助を捕らえる。再び振り下ろされた桑原の拳。だが幽助も二度は食らわない。上体をのけぞり、その攻撃をかわした。しかし、桑原の大きな手は間、髪を容れず胸元に伸び、幽助のTシャツを掴んだ。桑原は幽助の首を容赦なく締め上げながら、低い声を発す。
「おめェは、こんなモンじゃねェはずだろ?」
その台詞に、幽助は忘れかけていた何かを唐突に思い出した。そんな気になった。
「今の腑抜けたテメーのパンチなんか効くかよ!」
額が互いにくっつきそうな近距離で、桑原はなおも幽助を罵倒する。
「テメーはなんにもわかっちゃいねェな! オレは…いつもいただろうがよ、ちゃんと蔵馬の中にもよ!!」
蔵馬の中。
幽助は何度も感じていたはずだった。桑原と正反対の雰囲気を持つ蔵馬の中にも、犬猿の仲だったはずの飛影の中にも、いつだって桑原がいたことに。三人が一列に並ぶとき、もうひとり見えない影があったことに。
「テメーがその足で地面踏んでる間にはな、見定めなきゃいけねェ現実ってモンがあるだろうがよ。時間がないって時にこそ、選ばなきゃいけねェもんがな」
桑原は幽助を解放すると、その鼻先に人差し指を突きつけながら言葉を続けた。
「いいか、浦飯。今度またそんな情けねェ顔しやがったら、そんときもオレはテメェをぶん殴りに蘇るからな。覚悟しやがれ! それとも、このオレの顔が見たいってーのなら、いつでもその泣きっ面を作れるようにしとけや!」
「……だ…っ、誰がテメーなんか…! 調子こいてんじゃねーぞ!?」
「なんでェ、今の今まで行かないでくれって泣いてたのはどこのどいつだ!?」
「泣いてなんかねェーー! テメーの面なんかなァ、二度と拝みたかねェよ!!」
「だったら、オレが大人しく眠ってられるように、テメーはいつも堂々と胸張ってろよ!!」
「そんなこと言われなくたって胸張って生きてやらァ!!」
自分を指したままの桑原の手を叩き落とした刹那、桑原の瞳が淡い光を反射させた。
「その言葉……待ってたぜ。あんまり、オレを不安にさせるなよ。ゆっくり眠れもしねェぜ」
桑原はほんの少しだけ口の端を引き上げ、穏やかに言葉をつむいだ。
その表情を目の当たりにして、知らぬ間に乾いていた幽助の瞳には、また熱を帯びた水の感触が戻ってきた。同じくして桑原の瞳もわずかに潤む。
「早く行きやがれ。雪村が待ってるぜ」
短く告げると、桑原は幽助に背を向けた。
「オレらに涙の別れなんて、似合うはずもねーだろォがよ……」
自嘲気味の呟きが、微かに震えていた。
置いていかれる。
そう感じて、夢のなか必死で追いかけていたはずの背中だった。
だが今、目の前にある背中は違う。振り向くことを必死で堪える、置いていく哀しみを背負ったそれ。届くところにあるけれど、決して引き止めてはいけない背中なのだ。
「…ッカやろォ……」
喉の奥から絞り出した声が、かすれて切れ切れになった。
自分自身が噛み締めた唇に痛みは感じない。それでも血の味だけは、はっきりと舌に残る。
「カッコつけやがって……っ」
幽助は一度身をかがめるような仕草の後、一気に踵を返し後方へ駆け出した。
亜空間を置き去りにする勢いで、彼は人間界へと向かう。
嗚咽を何度も何度も堪えて、幽助は走った。

もう振り向かない。そう誓いながら。