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敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊

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下達



『生きていたとは意外だったな、シュルツ将軍。よくオメオメと顔を出せたものだと思うが』

と〈長距離電話〉の相手は言った。画像パネルは目よりも高い位置に取りつけられていて、そこに映る者からこちらは上から見下されるように感じる仕掛けとなっている。シュルツは首をうなだれて、ハゲ頭のてっぺんを己を写すカメラのレンズに向けるしかなかった。

ガミラスの科学力は波動技術に関する限り、地球の大きく上をゆく。憎き〈ヤマト〉が〈タイヨウ星系〉を出て数光日も離れたらやつらの母星ともう通信がまったくできなくなるだろうのに対し、ガミラス船では遠く数万光年離れた僚(とも)と交信ができるのだ。テレビ電話で向かい合い、タイムラグ無しに言葉をやり取りできる。

間の宇宙に中継アンテナをいくつか設置しておけば、さらに彼方のガミラス本国からの〈電話〉にさえ出られる。けれどもシュルツには、今はそれが恨めしかった。

いいや、元より本国から自分を名指しで呼ぶ〈電話〉に出ていいことがあるわけもない。だから元々こんな技術はただ呪わしいだけなのだが、今度と言う今度は特に――しかも、相手がこの親衛隊隊長のベムラーという男となれば。

『どうした、将軍。何も返事が聞こえないのは、機械が故障しているのか? ええ? 本当にそこにいるのか。まさか頭のハゲだけよく似た別人ではないだろうな?』

「はあ……いえ、その……」

『なんだ、よく聞こえないぞ。もしもーし』

とベムラーは言う。大ガミラス中央統幕府において、副総統のヒスと並んで最高の地位と権力を手にする男。

それが親衛隊長ベムラー。〈親衛隊〉とは軍と国民を監視して総統閣下の命令を実行させる組織であり、その長となる人物はある意味では総統以上に恐れられる存在と言える。

シュルツのような前線司令官にとっては特にだ。地球に棲む〈カエル〉という生物には、人間よりもヘビの方が恐ろしかろう。特にカエルを好んで呑み込む種類のヘビが……シュルツにとってこの男は、いつでも自分を獲って食らおうと狙っている天敵以外のなんでもなかった。

その〈ヘビ〉が言う。『よくも不始末をしてくれたものだな。総統閣下になんと言って詫びるつもりだ』

「それは……大変に申し訳なく……」

『ほう。そう言っておしまいか。今ここで己の手足を斬って詫びるくらいのことを言ってみたらどうなのだ』

「い……いえ、それは……」

『なんだ、イヤということか。別にそれほどの失敗はしていないと言いたいわけか』

「いえ……決してそういうわけでは……」

『ないと言うのか。ではなんだ。総統閣下だけでなく、貴様が死なせた兵に対してなんと言って詫びるつもりだ。今度の件で何千が死んだ。その者達の親や子供になんと言って貴様は詫びる』

「そ、それは……」

『なんだ。まさかそんなこと考えたこともないわけなのか。だから手足を斬るのはイヤと言って済むと思うのだな』

「う、いえ……」

と言った。それ以上言えない。ベムラーは続けて、

『もしもーし』

と、からかうような口調で言う。しかし顔は笑っていないし、眼には怒りの色がある。

それでも、実はこの男は、今の状況を心の中で楽しんでいるに違いなかった。

シュルツが今に向かう立体パネルの中でベムラーの顔は大きく見える。自分よりもふたまわりも大きな男が上から見下ろしてくるように――つまりそれだけパネル自体が大きくて、こちらを撮るカメラのレンズも上から見下ろす角度であるのだ。そして向こうの受話装置は逆の構造になっている。

ガミラス艦や前線基地の長距離通話器はすべてがそうだ。本国からの命令を下達(かたつ)するためわざとそのように造られている。総統直属の親衛隊こそそれを行う立場であり、その長であるベムラーに逆らえる者は存在しない。総統閣下ひとりを除いて。

そしてまた総統閣下はベムラーのやりたいようにやらせているのだ。親衛隊隊長ベムラー。テレビ電話の画面では、人を超えた大きさの巨人のように見える男。

しかし、実はこの男は、シュルツよりかなり背が低く、手足は細く力は弱くおまけに視力まで悪い。面と向かえば自分の方が『アレアレ誰もいないのかあ?』と相手の頭越しにまわりを見回すことになりかねないのをシュルツはじかに見て知っていた。

学生時代は何をやらせても最下位で、《ボクを蹴って》と書いた紙を背中に貼られて歩いていた。カツアゲを受け、パシリをさせられ、命じられたことができずに何か失敗をしでかしては、グズだ間抜けだと嘲られる。そのたび頭をコンコン叩かれ『こんにちはーっ! 誰かいますか?』とやられていたという話が広く伝えられている。

ベムラーのやつは負け犬だ。それが変わるわけがない――誰もがそう思っていた。いや、もちろんガミラスに地球の〈イヌ〉と同じ動物がいるわけではないのだが、とにかく、誰もがそう言った。おまけに、たびたび女風呂や女の着替えを覗いて捕まり、晒し者になっていたという事実があればなおさらだ。

ベムラーは今や超人だ。しかし何も変わっていない――誰もが言った通りだった。絶大なる権力を手にした後も覗き趣味は続いて若い女どもの恐怖の対象となっている。その手口はずっと悪質化してるともいうが。

地位を使って、眼を付けた女の住居の鍵を預かり、着替えや入浴の途中にドアを開けて入り込むのだ。そうして、『おっと、すまん』のひとこと――集音マイクか何かを使って彼女の生活を見張った上での狙い澄ました行動なのは明らかだが、にもかかわらず今では誰もそれを指差して笑えない。

ベムラーはそんな男だ。そんな男であるがゆえにむしろ有能な人間を憎み、蹴り落とすのを喜びとする。今は自分に『もしもし』とやるのは、その昔にいじめっ子どもにされたことの仕返しなのだ。

そして嬲り尽くした末に――考えるとシュルツは絶望の思いだった。この男に眼を付けられた女は覗きに耐えるしかない。眼を付けられた男はもはや……。

地球人の言葉でいう〈ヘビに睨まれたカエル〉なのだ。ベムラーは言う。

『シュルツ将軍。貴様は事の重大さがわかっているのか』

「はい。重々、承知しているつもりでおります……」

『ほーお、よくぞ言うたものだ。敵はなんでも一隻だけという話だったな。分析ではずいぶん強い船であろうということになってる。どうだか怪しいものだがな。そうは言っても二十三十で取り囲めば敗けるはずがないのだろう』

「ええ、まあ……はい。ですが、それは……」

『言い訳をするな。戦闘艦を百隻も貴様は預かっていたはずだ。そのナントカに敗けることなど決してないはずなのに、どうして基地まで失くすのだ』

「そ、それは……」

『ええ? 将軍、どういうことだ。説明してみろ。ちゃんと納得のいくようにだ』

「つ、つまり……」

シュルツは言った。言ったが、しかし、どんな説明も〈言い訳〉とされて受け入れられることがないのは今の言葉から明らかだ。

こんな理不尽な話はない。元々、〈ヤマト〉を沈めるのでなく、捕まえて波動砲の秘密を奪えなどという命令をこの男からされなければ……。