敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
掃討作戦
地下東京の都心部で掃討作戦が展開していた。地上攻撃型のタッドポールがビルのまわりをグルグルと回りながらに横腹から突き出した銃を斉射する。毎分六千、一秒間に百発の割でパルスビームを発射するビームガトリングガンの猛攻だ。
それが幾梃も幾梃も。標的となった建物は、みるみるうちに穴だらけになっていった。
催涙弾と閃光弾が何十となく投げ込まれ、特殊部隊が突入する。手にはレーザーサイトを着けたビームサブマシンガン。まだ生きている者達を撃ち殺して中を進む。
たとえ相手が降伏していようとお構いなしだった。ビルの中にいた者のうち、男は皆、なんの抵抗も示さなかった。武器など持たず、泣いて手を挙げ、撃たないでくれと叫ぶのだ。
それを兵士は構わず撃った。男達は『なぜ』と言いながら死んでいった。
だが女らは違っていた。突入部隊の前に臆したようすもなく、平然として立ちはだかる。「あらあら」とバカにした顔で笑って言うのだ。
「その程度の武器であたしに勝てるつもり? 身の程を知らないとは哀れなものね」
「かかってらっしゃい。まとめてあの世に送って差し上げますわ!」
妙なポーズを決めて胸をそびやかす。ボヨンボヨヨンとそのたびに巨大な胸が揺れ動く。ビルの中は女だらけで、おっぱいの数はその倍だった。色とりどりの変な髪に、変な肌見せコスチューム。手に刀剣やビームガン。
この女らは〈女〉ではない。女の形のアンドロイドだ。
死に対する恐怖は持たない。殺人への禁忌もない。ゆえに完全な兵士となれる。人間を遥かに超える運動能力、そして防御力を持ち、人の造ったいかなる武器も決して寄せ付けることはない。
その一方で逆に〈彼女〉らの持つ武器は、たとえ戦車の装甲だろうと、核シェルターの壁であろうと、容易く貫いてしまうのだ。
――と、設定ではそういうことになっていた。
『設定では』だ。実際には、無論そんなはずはなかった。美少女アンドロイド達は、突入部隊にいとも簡単に撃ち倒された。レーザーサイトの赤い光が彼女らのロリータ顔をポイントし、パルスピームがハチの巣にする。それでアッサリとひっくり返る。
アンドロイドの一体は、日本刀を手に不敵に笑っていた。「今宵のムラマサは血に飢えておる。刀の錆になりたい者はかかってくるがよい」などと言いつつ突入部隊に向かって来たが、その歩みはチョコチョコとしたものだった。
ナヨナヨとした手つきで刀を上げて、フニャリと下ろす。突入兵士のひとりがそれをわざと己の身に受けたが、しかしまったくなんともなかった。
「な!」と驚愕に目を見開くアンドロイドからその刀を取り上げる。
で、ズバッと斬りつけた。マグネシウム合金の骨格を持つ彼女は一刀で両断された。
当然だ。その刀は鋼鉄の百倍もの硬度を持つカーボンナノチューブの板を鋭く研ぎ上げたものなのだから。アンドロイドは上半身と下半身に分かれながらもまだ〈生きて〉いて、
「な、なぜだ……なぜ、無敵のはずのワタシが、このような者に……」
などと言う。美少女アンドロイド達は、設定では、人間を遥かに超える運動能力を持っていることになっている。だが現実には、重さ5キロの物さえも持てないほどに力が弱い。戦車砲で撃たれてもロリータ顔は傷ひとつつかないことになってはいるが、現実にそんなことがあるわけがない。
けれども〈彼女〉達の電子頭脳はその事実を認識、判断することができないために、どうして自分が敗けるか理解できないのである。
「な、なぜだ……」
と、今度は男の声がした。
「ユリアーっ! どうして、君が殺られてしまうんだーっ!」
これは本当の人間らしい。〈ユリア〉という名前らしいアンドロイドが彼に抱かれて、
「ご主人様……」
「ユリアーっ! ユリアーっ!」
「ごめんなさい……あたし、最後までご主人様を護り、た、かった……」
そこでガクリと美少女型アンドロイドは首を垂れた。
「ユリアーっ!」
と男は泣き喚く。突入兵士のひとりが彼に刀を突きつけ、
「おい」と言った。「お前さ、そのロボットが、ほんとに無敵でお前を護れるなんて思っていたの?」
「え? いやその」
男は言った。別の美少女アンドロイドが、あちらこちらで、「ここはあたしが護ります! ご主人様は早く逃げて!」とか、「愚か者め! 貴様らごときに倒されるわたしと思うな!」などと言っているけど、口だけで、突入部隊に苦もなく殺られているのが彼にも見てわかるはずだった。
「えっと、その……」
「死ねよ」
と言って、兵士は男を刺し殺した。この建物の中にいる美少女アンドロイド達は、どれも皆、〈AI(人工知能)〉などと呼べるものでありはしない。男を相手に恋愛ごっこができるだけの一分の一アクションフィギュアだ。〈自我〉とか〈意識〉、〈心〉と呼べるものはなく、〈ご主人様〉の耳に都合のいいことをプログラムに沿って言うだけ。
『アナタは死なない、ワタシが護るもの』――そんなセリフを毎日毎日、決まった口調で言うだけだ。それを聞いて喜んでいる〈人間〉のはずの男の方にも、果たして〈心〉というものがあると言えるか疑わしかった。ただマニュアルに従うだけで、ものを考え判断する能力がまったくないという点では、美少女ロボットと何も変わらないのだから。
地下東京の都心にあるそのビルにいた人間は、どうやらすべてがそうであるようだった。壁には萌え美少女のポスターが隙間もないほど貼り並べられ、アニメのスーパーロボットや〈ゆるキャラ〉のマスコット人形も所狭しと立ち並んでいる。その昔に〈オウム〉と名乗るカルト結社の施設内部に踏み込んだ者達が見たマンダラや仏像のように。
現在、地下日本の地下東京の地下都庁はヲタクの魔窟となっている。中にいるのはこの戦争のあいだじゅう、ずっと、『ワタシ達の下に来れば、美少女アンドロイド妻をアナタにタダで差し上げます』と謳って愚かな若者を騙していた者達である。
機械の体を持つ嫁をタダでもらえる? 世の中にそんなうまい話があるわけがない! 無論、信じてウカウカと彼らの誘いについて行くと、人をネジか歯車としか思わぬタコ部屋に押し込まれて奴隷労役をさせられるのだが、〈永遠に17歳〉の嫁が欲しい、タダで欲しいと思う男は後を絶たない。また、本当にハーレムを築く男も999人にひとりくらいの確率でいないこともないために、夢見る男はヲタクの道に入っていってしまうのである。
彼らは『〈ヤマト〉は必ずや十一ヶ月で戻るだろう』と唱えていた。アニメをバカにする者はそのときみんな死んでるだろう。原口都知事がそう言っておられるのだから間違いない。
「そーよそーよ。イメージだけでアニメはキモいとか現実逃避とか中二になって見てると病気になるだとか言う人間はむしろ絶滅した方がいいんじゃないかとあたしは思うの。どうしてバカな世間のオトナは昭和の頃から二百年間おんなじことを飽きずに言い続けるのかしら。虚構と現実の区別がついていないのは、アニメを見る人間でなくアニメを見ない人間であってだからそんなの死んだ方が……」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之