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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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11:義勇



 脱衣所に戻るなり洗面台の前に腰かけさせられた義勇は、タオルとドライヤーを手にしようとした錆兎と真菰を視線で止めた。
 目前の鏡には、心配げに義勇を見つめている炭治郎と禰豆子が映っている。二人とも落ち込みがあらわだ。湯あたりして脱衣所に運ばれたときに、炭治郎はしきりに自分のせいだと己を責めていたし、禰豆子は禰豆子で、きちんと義勇の介抱が出来なかったことを悔やんでいるようだ。
 女に間違われたのではないかなどという不名誉な疑いを宇髄からかけられたときもそうだ。「義勇さんはとてもきれいだからだと思います」だの「禰豆子とお揃い、ぎゆさんは嫌? 髪かわいいって宇髄さんたちも褒めてくれたよ」だのと懸命に言う二人の言葉に笑ってやれなかったことも、尾を引いているのかもしれない。
 いくらなんでも男の服を着ているのに女と間違われたりするものかと立腹していた義勇にとっては、本心からそう思ってますと言わんばかりの炭治郎と禰豆子の言葉は、追い打ちにしかなっていなかったのだけれども、それはそれとして。
 先ほどから二人は、義勇に近づくのをためらっているように見える。きっと気のせいではないだろう。炭治郎や禰豆子の落ち込んだ顔など見ていたくなくて、義勇は振り返ると二人を手招いた。
「……頼む」
 その一言で錆兎と真菰は理解したらしいが、炭治郎と禰豆子はきょとんと首をかしげている。これでは言葉が足りないのだろう。
「……髪、乾かしてくれ」
「あの、俺と禰豆子でいいんですか?」
 少し戸惑う炭治郎に、コクリとうなずいてやる。驚いた顔を見合わせた炭治郎と禰豆子は、パッと瞳を輝かせ、すぐに満面の笑みを浮かべてくれた。
「はい!」
「禰豆子がタオルするね!」
 明るい声で言い錆兎たちからドライヤーやタオルを受け取った二人が、ほどかれた髪に触れるのを、義勇はぼんやりとした目で見ていた。
 役目を取られた錆兎たちが気を悪くするだろうかと、少しだけ思い浮かんだが、そんな考えはすぐに消えた。錆兎や真菰がそんな狭量な考え方をするわけがない。むしろ、義勇が炭治郎たちを気遣うことを喜ぶはずだ。思いながら鏡に映る錆兎と真菰を見ると、二人はやっぱり笑っていた。
 けれど。
 言葉にならない違和感を覚えて、義勇は思わず首をかしげた。
「ぎゆさん、動いちゃ駄目だよ」
「熱かったですか?」
 ドライヤーを離して尋ねてくる炭治郎に小さく首を振り、義勇は視線だけで錆兎たちをうかがった。もうさっきの違和感は見つけられない。二人とも笑顔だ。
 心のなかでざわりと不安が頭をもたげたけれど、義勇が不安がればそれこそ錆兎たちが気にする。義勇の感情を読み取ることに長けた錆兎と真菰は、すぐに義勇の感情の機微に気づき、自分たちのことは後回しに気遣ってくるのは間違いない。

 きっと炭治郎や禰豆子の手付きが心配だっただけだろう。炭治郎はまだしも、禰豆子はまだ少し覚束ない手付きだから……。義勇が火傷などしないかと、ハラハラしていたに違いない。炭治郎たちが気に病むと思って、顔に出さぬよう気を遣っているだけだ。そう考えれば納得がいく。

 自己完結してしまえば考えることをやめてしまう。姉の事故以来身についた義勇の悪癖だが、口にも表情にも出さぬ義勇を咎めるものはいなかった。
 手持ち無沙汰に鏡に映る炭治郎たちを眺めていると、煉獄がひょいと義勇の手元を覗き込んできた。
「それ、飲まないのか? 持ったままでは零しそうで危ないな」
 言われてようやく義勇は、持ったままだった紙コップへと視線を落とした。冷えていた茶はぬるくなっている。伝わる温度が手に馴染み過ぎていて、すっかり存在を忘れていた。
 なんとなく宇髄の言葉が引っかかって、素直に口をつけるのをためらってしまっていたけれど、見知らぬ人とはいえ厚意を無碍にするわけにもいかない。
 まさかナンパなどであるわけがない。義勇は無意識に小さく唇を尖らせた。自分が女に見えたなんてこと、あるわけがないし。あの人にだって、そんな浮ついた様子は見受けられなかったし。胸中のみの文句は、それでも錆兎たちだけでなく宇髄にも伝わったんだろう。苦笑する顔を鏡越しに見取り、義勇は少々バツ悪く紙コップに口をつけた。
 座敷で水は飲まされていたけれど、まだ喉は乾いたようだ。ぬるい茶が喉を滑り落ちるとなんだか生き返ったような心地がする。改めて感謝しつつ思い出そうとした顔は、もうあやふやだ。申し訳ない気持ちになるのは、たぶんいいことなんだろう。また少し心が感情を取り戻した証明だ。
 ぶっきらぼうだし少し怒ってもいるように見えたけれど、きっとやさしい人なのだろう。同じ年くらいだろうか。もしも次に逢うことがあればきちんと礼を言わなければ。
 思いながらあっという間に茶を飲み干した義勇に、煉獄が足りなそうだなと笑った。
「ツリーハウスに行くなら、紙コップよりペットボトルのほうがいいな! 水分補給は大事だからな、全員分俺が買ってこよう。なにがいい?」
 たずねる煉獄に、躾が行き届いた子供たちは少し遠慮を見せた。けれど、煉獄だけでなく宇髄も軍資金は鱗滝から貰っていると言うものだから、それならばと笑顔が浮かぶ。口々に子供たちがお茶だリンゴジュースだと挙げていくのを、義勇はぼんやりと聞いていた。
「冨岡は?」
 煉獄に聞かれたときにも、錆兎か真菰が答えるだろうと思っていた。自分が答えるまでもない。義勇にしてみればそれが当たり前になっている。けれど、口を開きかけた真菰を遮り
「おまえに聞いてんだから、ちゃんと自分で答えな」
 と有無を言わせぬ声で言った宇髄に、思わずひくりと喉が震えた。

 ああ、またやってしまった。しっかりしなければと思いながらも、錆兎や真菰が喜ぶものだから、ついつい二人を頼る癖がついている。

 羞恥が身を焼いたけれど、きっと顔には出なかったのだろう。じっと鏡越し義勇を見つめて答えを待つ宇髄に、煉獄が「まぁいいじゃないか」と笑顔でかばってくれるのが、ますますいたたまれない。
「……水」
「ん、だってよ」
 二ッと笑って煉獄をうながす宇髄にホッとする。パチリとまばたきした煉獄が、明るく笑って「わかった、水だな!」」と言ってくれたのにも。
 錆兎や真菰を頼れば二人が喜ぶ。以前ならば年上らしく甘やかすこともできていたはずだけれど、今の義勇にとっては、それぐらいしか二人を喜ばせる手立てなどなかった。だから甘えてみせていたというのは、もはや言い訳でしかない。
 炭治郎のヒーローでありたいと願うのならば、二人に頼るばかりでは駄目だ。以前の自分に戻ることを望んでくれている錆兎と真菰、そして鱗滝のためにも、しっかりしないと。
 自分に言い聞かせながらちらりと宇髄をうかがうと、宇髄はもう義勇のことなど見ていなかった。錆兎と真菰の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら笑う顔は大人びている。やめろと文句を言いながらも、錆兎と真菰もどこか楽しげだ。
 三人の様子に、義勇の胸の奥が小さくうずいた。

 以前は、自分もこんなふうに笑っていた。錆兎と、真菰と、そして……蔦子姉さんと。

「義勇さん? あの、なにか悲しくなっちゃいましたか?」