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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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7:実弥



 スーパー銭湯の手伝いを早上がりした実弥は、はしゃぐ玄弥たちに囲まれ公園を歩きながら、内心で安堵していた。
 オーナーの好意で母の職場であるスーパー銭湯を利用させてもらえるとはいえ、せっかくのゴールデンウィークに毎日銭湯にしか行けないというのは、さすがに玄弥たちがかわいそうだ。金がないから遠出はできないし、入館料金がいるような場所にも行けないけれど、ただの公園でも玄弥たちは、実弥と一緒に出掛けられるのがうれしいと喜んでくれる。
 もっとかまってやれる時間があればいいのに。玄弥にばかり就也たちの相手をさせるのは、実弥だって申し訳ないと思うし、玄弥をもっと自由に遊ばせてやりたいと願ってもいる。けれども母の給金と児童扶養手当だけでは、家族八人が食べていくだけでカツカツなのだからしょうがない。玄弥たちは最低でも高校までは進学させてやりたいし、雀の涙だろうと小遣いを得られる銭湯の手伝いを辞めるわけにはいかなかった。
 本当なら、部活だって出ている場合じゃないのだろう。けれどボクシングは、実弥の将来設計においては先行投資のようなものだ。少しばかりは、ストレス発散という意味合いもあるけれども。
「兄ちゃん、早くぅ。いっぱいお花摘まなきゃいけないんだから急いでっ。母ちゃんに花冠作ってあげるんだからね」
「あっちにタンポポいっぱい咲いてるとこあるんだよっ。兄ちゃんもいっぱい摘んでね?」
 ことと貞子が急かすのに、わかったわかったと苦笑いしながら、実弥は寿美を抱え直した。
 三歳になる寿美は最近やたらと自分で歩きたがるのだけれど、突然走り出したりするものだから目が離せない。そうなってしまえばまた玄弥の負担が増えるし、実弥自身、抱っこしてやれる時間が少ないものだから、できるかぎりはかまい倒したいと思ってしまう。

 向かうのは広場の奥にある森のような場所だそうで、就也たちのお気に入りの場所らしい。人はあまりこないというのが、実弥にとってはありがたかった。
 公園で遊ぶといっても、あまり広い場所で散られてしまうと収拾がつかないし、散歩中の犬にうっかり手を出して噛まれでもしたらと思うと、気が気じゃない。人の多い遊具では、自分の風貌のせいで玄弥たちまで白眼視されるかもしれないしと、実弥がためらうのを察したのだろう。玄弥たちは公園に着くなりお気に入りの場所があると、実弥の先に立って歩きだしたものだ。
 弟妹に気を遣わせてしまった不甲斐なさは、それでも苦笑でとどめた。せっかくの休日だ。少しでも玄弥たちが楽しめるよう、できるかぎり笑顔でいてやりたい。
 そう思っていたのに、背後からかけられた声によって、決意は脆くもくずれた。

「なぁ、あんた。昨日銭湯で具合悪くしてた俺のツレに、声かけてくれた人だよな?」
「あぁん? なんだよ、テメェ」

 とっさに脳裏に浮かんだのは、水色のウェアを着たポニーテールの女の子の顔だ。ドキリと鼓動が跳ねたのを誤魔化すように、ことさらドスの利いた声で答えて振り返れば、そこにいたのは銀色の髪をしたやけに派手な優男だった。
 実弥も中学生にしてはかなり体格がいいほうだと思っているが、男はさらに大柄で、やたらと愛想のいい笑顔を浮かべている。
 金と赤の髪をした男と違ってまじまじと見たわけではないが、たしかにあのとき後からきた男に違いはなさそうだ。
 こんなところで逢ったのは偶然に過ぎないだろうが、それにしたって声をかけてくる理由がわからない。具合が悪そうな女の子に声をかけたのは事実だが、それが気に食わないとイチャモンでもつけにきたのだろうか。
 知らず鋭くなった実弥の眼光など気にした様子もなく、男はことや貞子ににっこりと笑いかけている。妹たちがポッと頬を染めながら、ぽかんと口を開けて男を見上げているさまは、昨日の女の子の件を抜きにしても面白くない。
 さっきまで兄ちゃん兄ちゃんとはしゃいでたというのに、ことと貞子の目は男に釘付けだ。

 顔か。顔なのか、おい。

 顔がいい男に微笑まれたら、わずか五歳の妹たちであってもこうなるのかと、実弥はイライラと男をねめつけた。
「おいおい、怖ぇなぁ。べつに文句をつけようってわけじゃねぇよ、そんなに睨むなって。あぁ、そういや玄弥っつったか? 昨日は禰豆子がありがとうな」
 軽い調子で笑って玄弥に声をかける男に驚いて、実弥が玄弥に視線を移すと、玄弥はとまどいをあらわにチラチラと男を見ていた。
「玄弥ァ、こいつのこと知ってんのかァ?」
「あ、うん。就也たちの友達が迷子になってたって昨日言ったろ? その子と一緒に銭湯にきてた人だよ」
「そうそう。自分で言うのもなんだが、悪いやつじゃねぇから。そんな警戒すんなって」
 そうはいっても、愛想よく笑う目の前の男は、ただ礼を言うために呼び止めてきたわけじゃないだろう。実弥の警戒心は解けない。
 実弥の怪訝な視線など気にした様子もなく、男は味方になりそうだと見定めたのか、ことと貞子に向かって「ちょっと兄ちゃん借りていいか?」と笑いかけている。
「いいよっ! 兄ちゃん貸してあげるっ!」
「この人、実弥兄ちゃんと玄弥兄ちゃんのお友達なの? 兄ちゃんたち、こんなかっこいいお兄ちゃんと友達だったの!?」
 実弥が口を開く前に大興奮で優男に迎合する妹たちを、実弥は呆然と見ていることしかできなかった。

 顔か。やっぱり顔なのか、おまえら。顔がよければ兄を売るのか、おいっ。

 思わず遠い目をしてしまったけれど、玄弥が袖を引いて心配そうに見上げてくるのに気づいてしまえば、落ち込んでばかりもいられない。実弥は兄の威厳を取り戻すべく、男を見据える目に力を込めた。
 大概のやつは慌てて目を逸らす実弥の眼光にも、男はまるで動じていない。チッと一つ舌打ちして、実弥は玄弥に寿美を預けた。
「勝手に先に行かねぇで、ここで待ってろよ?」
「うん、兄ちゃん。早く戻ってくれよな」
 素直にうなずいたもののまだ心配げな玄弥の頭をくしゃりとなでて、実弥は男を顎でうながした。なにが目的かは知らないが、内容次第では幼い玄弥たちには聞かせるのはまずいかもしれない。それでもあまり離れることなく立ち止まった実弥が、玄弥たちが目に入るのを視線だけで確認すると、男は先ほどまでより柔和な笑みを見せた。
「あんた、いい兄貴なんだな……冨岡にも気ぃ遣ってくれたみたいだし」
「あ? べつに……客が具合悪くしてたら、声かけるぐらい普通だろうがァ。冨岡ってやつだけ特別ってわけじゃねぇ」
 笑みはくずさないが、男の目の奥には探るような色があり、実弥は自分の声がことさらぶっきらぼうになるのを感じた。
 最初に現れた男はただの友達でも、こいつがあの冨岡って子の彼氏だっていう可能性もあったんだと思ってしまったら、なぜだか無性にイライラするし胸も痛い。

 あれだけきれいなら、そりゃ彼氏の一人や二人いるだろう。いや、あの子がそんな尻軽だなんてまったく思っちゃいないけれども!

 実弥の内心のいらだちや焦燥など気づくはずもない男は、なおも探る視線をそらさない。それにますますいらだって、実弥もきつく男の目を睨み据えた。その視線をどう受け取ったものか、男は不意に玄弥たちに瞳を向けて苦笑した。