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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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14:錆兎



 本当は、事故現場に行くのは錆兎にとっても恐怖だった。
 錆兎がこの道を通るのは、あれ以来二度目だ。一度目は、義勇の病院帰りにタクシーで。そのときは、事故現場に差しかかる前に蒼白になった義勇が吐き気をこらえきれずに、車を止めてもらって引き返したから、実際にその場所を目にしたのは、じつのところ初めてだ。
 錆兎も、真菰も、義勇同様にこの道を通ることができずにいたから。
 葬式で蔦子の死に顔を見た。墓参りにだって行っている。けれど、もう二度と逢えないと頭ではわかっていても、蔦子と婚約者の死を胸に迫って実感していたかといえば、少しばかりあやしい。わんわんと声をあげて泣いても、心のどこかで信じていなかった。いつか、蔦子と気のいい婚約者がいつものように、元気にしてる? と笑いながらヒョイッと現れてくれるんじゃないかとの期待が、どうしても消えてくれない。
 義勇の状態が不安で、蔦子の死を深く考える時間がなかったのは確かだ。前日までやさしく笑ってくれていた人がもうどこにもいないのだと言われても、幼い心がその事実を呑みこむのはむずかしかった。
 もし、事故現場を見てしまったら……もう二度と蔦子には逢えないのだと、完全に理解してしまう。それが怖かったのかもしれない。いつまでも怯えて立ちすくんでなどいられないのに、義勇が心配だからと自分に言い訳をしていただけだ。本当は、錆兎自身が怖がっていた。もう、それを認めなければならない。

 ここを通るのが、今でよかった。事故の爪あとも生々しいころでなく、けれどすっかり忘れ去られたあとでもなく、みんな一緒にいるこのときで、よかった。

 口を開けば泣きそうで、錆兎はグッと唇を噛んだ。視線は義勇から外さない。少しでも義勇の体に異変があれば、すぐにでも駆けつけなければならないのだから。
 真菰も錆兎と同じような顔をしていることだろう。見なくてもわかる。
「……あそこか?」
 錆兎たちだけに聞こえるような声で、宇髄が小さく言った。うん、とうなずき言った錆兎の声も小さい。道端の花束を宇髄も見たのだろう。宇髄は「そうか」とだけ答え、錆兎たちをからかう言葉は口にはしなかった。
 たいへん癪《しゃく》ではあるが、やっぱりこいつはイイ男だなと、錆兎はちょっぴり唇をとがらせる。認めるのは悔しいけれども、宇髄天元という男は錆兎にとって、ひとつの理想形であるのは否めない。
 見事な体躯といい豪胆さといい、抜け目のなさも含めて、宇髄は中学生とは思えないほど大人びている。自分がこんなふうであればもっと義勇を守ってやれるのにと、錆兎に思わせるのだ。それは煉獄に対しても言えることではあるけれど、より憧れるのはどちらかと聞かれたなら、世慣れた宇髄に軍配はあがる。
 もちろん、そんなこと口が裂けても言ってはやらないけれども。そんなところがまだガキなのだと自覚はしているが、男の意地だ。不言実行あるのみ。
「宇髄さん、煉獄さん! このまま道なりにまっすぐ行って!」
 真菰が声をあげると、先を行く煉獄がわかったと答える声が響いた。それでいいんでしょう? とたずねる真菰の視線に、義勇が息を切らしながら目顔でうなずいたのがわかった。

 義勇が近づけなくなった場所は、事故現場だけじゃない。義勇の家も同じことだ。

 蔦子がいたころには、錆兎や真菰もしょっちゅう遊びに行っていた、義勇の家。内装は現代風にリフォームされているけれど、錆兎たちの家よりもさらに古い日本家屋で、お屋敷といっていいほどに大きな家だ。実際、昔々には水屋敷と呼ばれていたと、聞いたことがある。
 たしかに川はそれなりに近くを流れているけれど、隣接しているわけでもないし、庭に池だってないのになんでかしらね。そんなことを言って、蔦子が笑っていたのを覚えている。
 義勇は、入院して以来一度も家に帰っていない。帰れなかった。思い出がありすぎて近づけないのだ。
 錆兎にとっても馴染み深く思い出の多い家だけれど、生まれ育った義勇がかかえる思い出は錆兎の比じゃない。穏やかでやさしい思い出は、いまだ生々しく耐え難い喪失の痛みを呼び起こすに違いなかった。
 義勇にはとうてい不可能だったから、家の管理は鱗滝が代わりに行っている。掃除や修繕の手伝いには、錆兎か真菰のどちらかがついていくのが常だ。義勇を一人にするのも不安だったから、どちらかが義勇に付き添って留守番し、手伝いに行くのは交代でというのが、暗黙の了解になっている。
 そんなふうだから、家にはしっかりと鍵がかかっている。空き巣やら浮浪者やらに入り込まれてはかなわないので、戸締りはかなり厳重にしてあるのだ。
 だから、義勇が目指しているのは家の裏手だ。

 疾走する宇髄の肩で揺られながら、錆兎は、かすかに聞こえてきた潮騒に似た音に目を細めた。
 あぁ、水の音がする。そよ風には川のせせらぎのように、疾風には荒ぶる波のように、音立てて揺れる、それは……。
「そこ! その竹林に入って!」

 その昔は、千年竹林と呼ばれていたという、その場所へ。

「ここは……?」
 真菰に言われるままに竹林に飛び込んだ煉獄につづき、錆兎たちを担いだ宇髄も竹林へと入り込んだ。ムッとむせ返るほどの竹の香りに、錆兎はほぅっと小さく息をつく。
「義勇んちで所有してる竹林で庭みたいなもんだ。おい、天元。もういいぞ、降ろしてくれ」
「ここじゃ担がれてるより自分で歩くほうが早いよ」
 へいへいとぼやく声で言いつつも、素直に地面に降ろしてくれた宇髄に、会釈だけで礼をする。先に立つ煉獄を見れば、煉獄もまた、禰豆子を肩から降ろしているところだった。
「真菰ちゃんっ!」
「禰豆子ちゃん、怪我とかしてない?」
 駆け寄ってきた禰豆子が「うんっ。真菰ちゃんたちは平気?」と元気に答えるのに真菰がうなずいたのと、炭治郎を抱いた義勇が竹林に入ってきたのは、同時だった。
「よし、そろったな。もっと奥に行くぞ」
 歩き出す錆兎に、禰豆子と手をつないだ真菰がつづく。すぐにも義勇を休ませてやりたいところだが、通りに近いここでは追手に見つかってしまう。

 錆兎の歩みに迷いはない。勝手知ったる他人の家。何度もおとずれ、駆けまわった場所だ。竹林の手入れも鱗滝がしているから、今もよくきている。ここは、以前と変わらない。
 いくら掃除しても人が住まない家は死んでいく。蔦子の笑顔や義勇の笑い声がなくなった家は、とても寂しい場所になってしまった。蔦子が丹精込めていた庭の家庭菜園や花壇も、毎日世話をしてやれるわけじゃないから潰さざるをえなくて、今では雑草が生い茂るばかりだ。
 変わってしまったものが多すぎるなかで、この竹林だけは、今も変わらぬ水音に似た葉擦れを響かせている。
 知らない者にはどこを見まわしても同じように見えるだろうけれど、錆兎や真菰、それに、義勇がここで迷うことはない。馴染んだままの姿で、この竹林だけは変わらずここにある。

「見事な竹林だな」
「こりゃ、派手に維持費が大変そうだ。冨岡、お坊ちゃんだったのかよ」