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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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4:義勇



 リハーサルが始まる少々前、撮影のためにと用意されていたテントで着替えさせられた義勇は、用意されたレディースのデニムがぴったりだったことに、たいそうショックを受けた。
 メンズのXLだというニットがぶかぶかなのは、まだいい。けれど、レディース……女物が、サイズぴったり……。以前よりかなりやせ細ってしまったことは自覚していたけれど、まさか女物のサイズになっていたとは。

 絶対に前みたいに食べられるようになろう。なにがなんでも女役なんて頼まれない体格にならないと……正直、身が持たない。

 気持ちの悪い眼鏡男の誘いを、全員断ろうとしてくれていたはずなのに、なんでこんなことになったんだろう。いつの間にやら義勇だけでなく炭治郎たちまで、映画出演が決まってしまうとは。
 いや、義勇だって了承したのに違いはない。けれどもそれは、炭治郎がキラキラと大きな目を輝かせて、期待のこもった視線で義勇を見たからであって、断じて義勇がヒロインになりたかったわけじゃない。
 思わず遠い目をしながら、着替え終わった自分の体を見下ろす。なんてみっともない姿だろうと、我知らずため息がこぼれた。
 自分が目指しているのは炭治郎のヒーローでい続けることで、こんなふうに女物の服を着て、女の役をやることではないというのに。義勇の苦悩は底知れない。
 それでも今の義勇では、ヒーロー役よりヒロイン役のほうがハマるということなんだろう。少なくとも、体格は。似合うかどうかはともかくとして。
 これじゃ駄目だ、頑張ろう、頑張らないと。そう決意を繰り返してみても、行動が伴わなければ意味がない。食事の量を少しずつ増やして、筋トレも以前みたいにしなければ。稽古だって炭治郎と禰豆子を指導するなら、自分自身もすべての稽古についていけるようにならなければならない。

 まずは体力向上のためにも、今日の食事を完食することから。炭治郎が半分こで食べるのを楽しみにしているので、量は二人で一人前半くらいで。いきなり一人前に挑戦したところで、また体調をくずすのがオチだ。少しずつ、計画的に。食べられるようになれば、ランニングや筋トレだってこなせるようになるはずだ。
 まさかこんなことで、改めて自分の生活を見直すことになるとは思わなかった。けれど、今後に活かせなければ、本当になんでこんなことをしているのかと自己嫌悪でまた心が迷子になりそうだ。
 テントの外でそわそわと待っている気配にまたひとつため息をつくと、義勇は、意を決してテントを出た。我ながらみっともない姿に、みんなの失笑を浴びる覚悟と、それでこんなバカげた事態が終わる期待を、ちょっぴりしながら。


 それはほんの十分前のことだったが、義勇は、自分の想像はまったくもって見当違いだったことを悟らずにはいられなくなっていた。

 どうしてこうなった……。

 浮かぶのはそんな言葉。
 やたらとずり落ちる肩口は気になるし、長すぎる袖は邪魔でしかたがない。どう見たってみっともないと思うのに、姿を現した義勇にみんなの感想はといえば、かわいい、似合う、素敵、だ。まったくもってどういうことなのか。
 いや、素敵というのは、炭治郎と禰豆子しか言ってはいなかったけれど。錆兎や煉獄たちはかわいいとは言わなかったけれども。炭治郎たちがかわいい素敵と口にするたびに、真菰が満足げにうんうんとうなずいていたのは、同意ということだろう。
 錆兎だって最初は呆気に取られていたものの、すぐににこやかな顔で、真菰になだめられる義勇を見ていた。煉獄だって似合うと言うし、宇髄が小さく口笛を吹いたのも、しっかり聞いた。
 あの眼鏡の感想は……まぁ、どうでもいい。まともに聞いてもこちらの精神が汚染されるだけだ。
 とにかく、義勇としてはやっぱり似合わないなと笑われる予定でいたのだ。期待ではなく確信としてそれを信じていた。楽しみにしているらしい炭治郎と禰豆子には申し訳ないが、土台無理な話だったと、笑い話で終わる話。少しだけ我慢すれば、きっとそうなるはずで。
 なのにみんなの感想は、かわいい似合う素敵……そんなわけあるかと、声を大にして言いたい。言わないけれども。
 だって炭治郎と禰豆子が愛らしくはしゃぐ声には、嘘も偽りもからかいも、一切含まれてなどいない。無邪気に喜ぶ二人に、そんなこと言えるわけないではないか。
 女の子のようでとか、女の子のようにと言われたのなら、反発もしただろう。たとえ炭治郎や禰豆子であろうと、そんなわけがあるかと少しは腹も立っただろう。けれど二人の褒め言葉はあくまでも、義勇がかわいく見える、義勇に似合う、義勇は素敵、なのだ。これで腹を立てたら、なんだか義勇のほうが心が狭い気になってくる。
 しかも炭治郎は、袴姿の義勇さんはすっごく格好いいのにかわいいのも似合うなんて、やっぱり義勇さんはすごいですと、尊敬や憧憬までそのまなざしに乗せて心から褒めてくるのだ。なにを言えというのか。返す言葉など義勇にあるはずもない。

 女物が着られなくなるぐらい、大きくなろう。煉獄や宇髄ぐらい逞しくならなければ。

 そう決意し、目標に向かって邁進するほうが、そんなわけがないだろうと炭治郎の言葉を否定するより、きっと根本的解決に近い。

 そんな義勇が胸に秘めた決意になど、まったく無頓着そのものな元凶の眼鏡はといえば、義勇たちをあちらでもないこちらでもないと座らせた挙句、ようやく位置が決まったら、今度は好きなように遊んでくれとこともなげに言う。
 真菰の提案で花冠を作ることになったからいいようなものの、鬼ごっこやかくれんぼを始めたら、どうするつもりだったんだろう。まぁ、しっかり者の真菰のことだ。そういう点もきちんと考えての提案だったのだろうけれど。

 これはリハーサルということで、とりあえずまずは花を摘むだけと、それぞれシロツメクサやタンポポを摘んで。今までのように流されるまま、炭治郎が花を選べばいいと思っていた義勇に、宇髄と煉獄の視線がそれでいいのかと聞いてきたのは、きっと気のせいじゃないだろう。はっき指摘される前に自分から選択してみせられたのは、進歩といっていいんだろうか。少しは普通の中学生のように振舞えているんだろうか。
 義勇には、普通の基準がわからない。わからなくなっていた。普通じゃなくなってしまったから。
 きっと煉獄や宇髄のようなのが、普通の中学三年生なのだろう。幼子に頼り、自分ではなにひとつ選ばず流されるまま、まともに食事も睡眠もとれない。そんな自分はやっぱり普通じゃない。それを恥じる気持ちさえ、炭治郎と出逢うまで義勇は持てなかった。
 でも、変わりたいと今は思っている。以前のように普通に錆兎や真菰と笑いあい、以前のように、錆兎と真菰からも頼られたい。炭治郎や禰豆子にも、もっとずっと頼りになるところを見せてやりたい。
 そのためには、もっと色々考えることもきっと必要だ。自分の言葉で自分の意思を伝えることも。
 もっとも、以前の生活に戻れても、口下手はそのままかもしれないが……まぁ、それはいい。前だってさして不便はなかった。