【旅の始まりの向こう】
黄瀬は勝手に自分のお薦めのメニューを三人分頼んてから緑間に向き合う。
「改めて、久しぶりッス。緑間っち。オレが逢いに行って数百年ぶり……堅苦しい挨拶をするなら……同じ父にして母から、
産まれし我が同胞にして兄弟。竜都の守護者……緑の───────」
「そこまで言うな。その名は……伏せろ」
黄瀬が言いかけたのは緑間の竜としての名だ。今はもう名前がほぼ消えかけているとは言え、言われたくはない。
おどけた様子で黄瀬は両手を緑間の方にあげた。
「了解ッス……緑間っちのドラグーンッスよね。彼」
「高尾だ。高尾、コイツは……黄瀬涼太。古代竜の一人だ」
「何となくそうは感じてたけど……ここで話して良いの?」
ドラグーンとは竜と契約した人間を指す。高尾は緑間といつの間にかドラグーンの契約を結んでいた。
緑間が結んで言っていなかっただけ共言うが、契約は一方的にも行える。
高尾本人は変わったことは殆ど無いと言っているが年齢を取るスピードが遅くなっていたり、力が倍増していたり、
運が良くなったりしている。
他の客が居ないとは言え、老夫婦が居る中で古代竜などについて話しても良いのかと高尾は心配した。
「平気ッス。ちょっと細工して普通の会話に聞こえるようになってるんで」
細工というのは古代竜達が使える魔法を使った細工だ。魔法は使おうとすれば人間も使える者が居るが、修行が居る。
人間と違い竜というのは最初から呼吸をするように魔法が使えたし、人間が使えないような魔法も使える。
威力だって高い。
「お前は今は……レーヴァバーグ?とか言う国にいるのか」
「そこで近衛兵してるッスよ。でも参ったな……緑間っちが外に出てるなんて予想外。ヒッキー脱出したのは喜ばしいッスが」
「何か問題あるの?」
老婆が冷水を出して来て人数分置いた。黄瀬は手に取ると水を飲む。
「レーヴァバーグについて知ってることは?」
「国の名前を今聞いたようなものだ。大きな国なのだろう」
「オレもそんなに知らない」
「……今の世界で大きい国の一つッスが、王様が病気で余命がなさそうで……国は長男が支えてて」
黄瀬が説明する。
レーヴァバーグはこの大陸を二分している王国だが、今の国王が病気になり良い医者を呼んで治療もしてみたが治らない。
国は次期国王になるであろう長男が支えていた。複雑な話があるようだが黄瀬は関係ないと言ってカットする。
「余命がないのとお前が出ているのと何の関係がある」
「王様、死にたくないみたいで、命令したッスよ。古代竜を捕らえて生き血か肝を持ってこい……で、部隊が編成されて
オレはその中の一人」
「古代竜を捕らえて……涼ちゃんが古代竜なんじゃ」
「馬鹿な話だな」
馬鹿な話と緑間が言ったのは黄瀬本人ではなくレーヴァバーグの国王に関してだ。
古代竜の力は偉大で生き血も肝も病気を治す力はあるかもしれない。
知れないというのは力の決定権は彼等にあるからだ。
それに人間如きが古代竜を捕らえられるはずがない。人間ではなく、仮にドラグーンが何人束にかかろうが同じことだ。
黄瀬も血や肝をあげるつもりはない。
「適当にあしらってるッスけど……向こうが都の情報を得ちゃったッスよ。緑間っちに先に逢いに行ってどうしようか
相談しようとしたらここにいるし……緑間っちぐらいッスよ。居場所がはっきりしてるの」
滅びた古い都には古代竜が住んでいる。
それはおとぎ話の領域に入っている言葉ではあり、真偽を問われている言葉ではあるが、
人によっては古代竜に逢うための手がかりだ。何人も緑間を目当てに都に入ろうとする者は居たが全て追い返されている。
「都にそんな奴等を入れるわけにはいかないのだよ」
「だから協力して欲しいッス。国王が死ぬまで時間稼げればいいんで」
黄瀬は簡単に言う。
緑間は知っているが黄瀬は自分の大切なものとそうでないものの線引きがはっきりとしている。
どうでも良い国王には古代竜の感覚でそう言ったのだろう。
竜都には緑間の力で結界が張られているが同じ古代竜なら破れるらしい。現に黒子は普通に入ってきていた。
頼むように黄瀬は自分の顔の前で両手を合わせた。
「お前も古代竜なら姿を現して飛んでいくとか」
「一回使ったッスけど二回は同じ手を使うとマンネリするし……オレが出来ることなら何でもするんで」
「それならやってやる……が、二つしてほしいことがある……」
「何ッスか。やれることならするッスよ」
緑間の助けを借りられることで黄瀬は上機嫌になっていた。緑間が黄瀬に用事を伝えようとすると、食堂の老婆が
震える手でお盆を持って料理を持ってきていた。手が震えているのは年だからだろう。
「おまたせいたしました」
料理がテーブルに並べられる。高尾が目を輝かせた。料理はどれも素朴だが美味しそうである。
パンにスープ、サラダや煮物などが置かれた。食べ出す高尾を眺めて、高尾はカフェでケーキや紅茶を食べたはずなのに
良く入ると緑間は想う。
「食べるね。いただきまーす」
「オレが奢るッスよ」
黄瀬は財布にしている袋を出した。中には銀貨よりも金貨の方がある。騎士の給料よりも、今までに貯めてきた金の方が多い。
「黒子から近衛兵をしていると聞いていたが、お前は騎士として各国を渡っているのか?」
「時と場合で変えてるッス。傭兵とか。後はあの人のお使いッスね」
都に居続けた緑間が珍しいだけであり、他の竜達は人間の姿を取り、旅をしている。
あの人というのは緑間は知っている。今は眠り続けている古代竜だ。緑間にはたまに話しかけてくるぐらいだったが、
用事には黄瀬を使っていたらしい。
「お前の名は有名なのか」
「有名な方ッスかね。緑間っちも有名と言えば有名ッス」
「滅びた都の古代竜だもんね」
古代竜と呼ばれる者は一般的な噂では五体居ると言われている。
その中でも黄瀬や緑間は有名だ。黄瀬は痕跡を残さないように廃しているが、噂に上がりやすいし、緑間は都から動かなかった。
ちなみに黒子は六体目の古代竜であり、存在自体を疑問視されている。
高尾は出されたメニューを食べているが緑間も黄瀬も手を着けようとはしていない。話の方が先のようだ。
「古代竜の力は殆ど使わなくて専ら剣ッスよ。剣の腕前なら負けない自信はあるッス」
「使わないじゃなくて使えないだろうが……騎士になれるぐらいなら強いだろうな」
昔は竜の姿で居てばかりだし、力も振るいたい放題だ。力を振るわなければ行けない時代でもあった。
緑間は旅をしている間は適当な武器を使って闘っている。適当に使っても緑間は強いからだがちゃんと勝負するとしたら
剣で黄瀬に勝てるかは解らない。勝負など、何百年もしていない。
「真ちゃんも涼ちゃんも力が使えないとか言ってるけど、神様が使えないようにしてるんだよね」
出された料理を半分以上平らげながら高尾は緑間と黄瀬に話しかけた。
何度か緑間は口に出しているが古代竜というのは街一つをすぐに滅ぼせる力を持っていながら力を神々に抑えられているらしい。
「神々ッスね……複数形ッスよ……緑間っち、古代竜のことについては話してないッスか?」
「……聞いたことない」
作品名:【旅の始まりの向こう】 作家名:高月翡翠