Fool on the Planet
とりあえず、司令室まで(文字通り屍を乗り越えて)やってきた2人を出迎えたのは、普段とは一風変わったメンツではあった。
「訓練~?」
あれが?と声に出さずともありありと顔に出ている。
兄さん、とたしなめる弟も微妙に声が泳いでるし。
それはそうだろう。だって転がってる軍人しか見てないのだから。
「そういうなよ。これだって仕事のうちさ」
「札持って転がってるのが?」
ま、それはそれ。と、ブレダが適当な返事を返すのに、兄の前に茶の入ったコップを置きながら、ファルマンが常と変わらぬ調子で告げた。
「先日、西の方で軍の支部を一時占領しかけた一団がいましてね」
「え、支部を?丸ごとですか?」
「直後に箝口令が出ているので、一般にはあまり情報が出回っていない筈なんですが」
「…オオゴトじゃん」
そーそー、と適当に頷く一団の所為で全然緊張感を感じない。おかげで大したことなさそうに聞こえるが、事自体は結構とんでもない内容だった。
未遂に終わったとはいえ、世間一般に対して過剰にメンツというものを重んじる軍からすれば、テロリストごときに支部を奪われるなぞ言語道断だ。そりゃ箝口令もでるだろう。
だがそんなオオゴトさを微塵も感じさせない原因のハボックは半ば欠伸混じりでヒラヒラと手を振った。
「流石にすぐ鎮圧されたけど、あっちのメンツの中に錬金術師がいて、結構手間取ったらしい。それで上がちょい慌てたらしくてな。すぐテロリストの中に術師がいたら、って設定でそん時の対処法考えろとさ」
「で、とりあえずそんなこんなでまず訓練って事になったは良いけど…」
「こーゆー事に狩り出せそうな術師が、今東部にいないんだわ、こりゃ」
民間上がりの国家錬金術師は近くにいるけど、合成獣とかそっちの方向らしいし、いきなり素人引っ張って軍の中に放り込まれてもなぁ。
・・・困るだろうな、お互いに。それは。
その辺の事情は判った。で、結局事の結論は?
「で、どうしようって話になったんだけど、よく考えたら適役がいるじゃん、うちってことで」
・・・ああ、何か判った気がする。
だからここのトップがいつものように執務室にいない訳か。
・・・それにしてもありなんだろうか、こんな訓練。
いや、そんな事よりも、頼んでた資料をわざわざ受け取りに来たオレたちはどうすれば。
・・・まぁ事前の連絡、入れてないこっちも悪いんだけど。
「・・・で、その大佐どこ」
「どっかその辺」
「まだ潜伏中よ」
――――・・・・・・。
取りあえず聞いてはみたが、微妙な返答が返ってきた。
何か凄いな、この扱い。大佐って一応ココの実質トップじゃなかったっけ。
こーゆー所が中間管理職って事なんだろうか、大佐。
微妙に優しい気分になって普段はその噂の上官が詰め込まれている執務室のほうへ視線を投げる。
ああ、そういえば。
「…中尉も参加してるの?」
「私は完全中立。判定役よ、参加はしていないわ。もし緊急事態が起きて、すぐ連絡出来ないようなら代理で対応するように言われているから」
…なるほど?
思わず首を傾げたくなったエドワードだが、視線を感じて振り仰いだ。
ニヤ、と人をくったような緩い笑みを浮かべる長身の尉官と目が合う。
「でも大将が帰って来てくれるとなると…はやまったかな」
え。
どゆこと、それ。
「ぴったり適役だろ、そういう潜入もの」
テロリスト役やれってか。
うわ、あっさり何を言うかな、この煙草好きーなお兄さんは。
それつまり、あれか。
大佐の指示で動く、ここの皆に追っかけられるってことだろ。
わー、ろくでもない。
「ヤだよ、オレ。関係ねぇし。第一何もしてないのに追っかけ回されるのなんかゴメンだ」
「いーじゃん、慣れてるだろ?」
「好きで慣れてるワケじゃねぇよ!」
「…そうかなぁ…」
「・・・・・・アル~?」
ちょっと今の聞き捨てなんねぇぞ、兄ちゃんは。
「はいはい、その辺でやめとけ。取りあえずとっ掴まえないことにはコレ終わらねぇんだしな」
そろそろ捕り物再開だ。
司令部の見取り図を前にブレダとファルマンがペンを片手に数カ所に印を付けていく。
実行部隊に専任するつもりなのか、ハボックはそこに参加するつもりはないようで、新しい煙草を取り出すと火を付けた。
上が上でアレな感じの規格外なせいか、ここ東方司令部には一風変わったタチの軍人が多い・・・気がする。
というか、中央では結構色んな評判を聞いたように思うのだが・・・本当に噂通り役に立つんだろうか、こんな呑気なので。
「・・・でも大佐自らテロリスト役なんて、ちょっと凄いですよね」
色んなモノに一抹以上の不安を感じたエドワードだったが、反対に素直な弟は何だか妙な所に感心してしまっている。
いや、そこは「ちょっと」じゃないと思うぞ、弟よ。普通ありえねぇから。
基本的に大佐なんて身分は、偉そうにふんぞり返って指示だけ出して動かないのがなんぼだから。
そこについては何の感慨もないのか、ハボックはのんびりとした姿勢を崩さないまま、そうだなぁ、と呑気に返事を返している。
かと思えば、あ、と思い出したように付け加えた。
「あの人な、この指令が回ってきた時、最初書類見た時は凄いアホらしそうな顔してたけど」
「けど?」
「その後電話一本掛かってきてな。そっから態度が一変したぞ」
「へ?」
「よっっっぽどヤな話だったのか、その後の笑顔がいっそ見事なくらい素晴らしかった」
大佐の素晴らしい笑顔=超胡散臭い
以上の公式を無条件で成立させているエドワードからすれば、直に拝むのはごめんこうむりたい所だが。
てゆーか、
「・・・それ、めちゃめちゃ不機嫌なだけじゃねぇの」
「いやぁ・・・しかも今日も喜々として出てったね」
いつもそれくらいの気合いを見せてくれれば、こっちもやる気出るんだけどとかなんとか。最もやる気から遠そうに見える少尉はのんびりと構えている。
が、…何だか妙なカンジだ。
何か頭の片隅に引っ掛かるが、形になるまでに霧散していく。実際あまり必要な事でもないような気がしたので、あっさり他に意識を向けた。
そういえば、とエドワードは頭上のハボックを振り仰ぐ。
「テロリスト役、大佐1人?」
「いんにゃ、適当に選んで連れてったのが何人か」
「誰も捕まってないワケ?」
「何人かとっ捕まえたけど、全部アレだし」
ひょい、と視線で示す方向に目をやれば、困ったような笑みを浮かべて『死亡』の札を指すフュリー。
ああ、そういうことか、とようやく札の意味とか納得はしたけれど。
「・・・細かいね、色々」
「無駄なトコばっかりな」
――――それにしても、ちょっと意外だった。
頭脳派及びデスクワーク派だと公言して憚らないあの大佐が、実働部隊相手に平然と立ち回りを続けてる。
そりゃ、ああ見えて大佐だって軍人だし、訓練も受けてきているだろうし、数多くの修羅場も潜ってるのだろうが。
「そうさくさく動けそうに見えねぇんだけど」
あっさり、エドワードは言い放った。
時に子供の正直さは残酷だ。
「何回か現場でかち合ったことあるけど、いっつも自分では動かないだろ」
コレもあるし、とパチンと指を弾く仕草をする。
まぁ確かに。
作品名:Fool on the Planet 作家名:みとなんこ@紺