Fool on the Planet
目が合ったのを確かめてから、彼はにや、と不敵な笑みを口元にのせてみせた。
「やれやれ・・・君たちの会話ときたら物騒な事この上ないね」
「た・・・!」
思わず叫びそうになる声を寸でで押し込め、抱えたファイルを落とさないようギリギリで堪えるのと、ホークアイがその執務室の扉を閉めるのとは同時だった。
感覚がないのに言うのはおかしいかもしれないが、間違いなく心臓がはねたカンジがしたと思う。
様子を窺っても、扉一枚隔てた司令室の様子は変わらない。アルフォンスは漸くほっと胸をなで下ろした。
「ああびっくりした…」
「驚かせたようですまないな。久し振りだね、アルフォンス君」
「ご、ご無沙汰してます」
常と変わらぬ笑みを向けてくる彼に、取りあえず深々と頭を下げた。
本当に驚いた。
目の前で悪戯っぽく笑うのは、間違いなくさっきまで話題の中心にいた、この東方司令部の司令官ロイ=マスタングその人だ。(※現在テロリスト役)
皆の話ではこの司令部内の何処かにいる、と聞いていたのだが、何処かどころか目と鼻の先。
これは話声とか全部聞こえてただろうなぁと思うが、当の本人はまったく気にしていないポーズ。
ホークアイは半ば予想していたのか、まったく動じずにファイルの整理をはじめながら口を開いた。
「こちらにおいでだったんですか、大佐」
「一通り細工と指示を出して回った後、手薄な間にね」
まさかすぐこんな所に戻ってくるとは誰も思わないだろう?
「灯台もと暗し、というだろう。そう何度も使える手ではないけど、たまにやると効果的だね」
「大佐、一応設定の趣旨を守って頂かなくては。普段の逃走劇ではないのですよ」
「…まぁいいじゃないか、どうせこの茶番ももうじき終わる」
旗色悪しとみたか、あっさりと引き下がると、やれやれ、と彼はヒラヒラと手を振った。
・・・あれ?
ちょっと、何かが引っ掛かった。
それは先程エドワードが感じた違和感と同じ種の物だったが、アルフォンスはそれを素直に言葉に出した。
「・・・何か、おかしくありませんか?」
「何がかな?」
くるん、と振り返った真っ黒な瞳が、面白そうな光を映してこちらを見てくる。
ええと、とアルフォンスは自分の中の違和感を表す言葉を探した。
「…いいんですか?これでテロリスト側の大佐が逃げ切ってしまったら、防衛失敗…ですよね。今度は東方司令部全体の体勢がどうのとか色々言われません?」
つっかえながらの疑問に、東方の司令官はあっさりと首肯した。
「言われるだろうな」
「…じゃ?」
後からどうのこうの言われる事を思えば。ワザと捕まえやすそうな所に?
だが、これには彼は大げさに心外だ、とでも言いたげに肩を竦めてみせた。
「冗談だろう。そんな事をしたら私に期待してくれているご老体方に悪いじゃないか」
「え」
ニッコリ
・・・今見るには極めつけに怪しい笑顔だった。
同時にドン、と重い音が何処かで響いた。
うわぁ…。
「私がそちら側で参加する、と言う話はもうあちこちに広まっていてね。とっ捕まったら捕まったで私個人のメンツに多少関わってしまうんだ」
聞いた所によると、私は格好の賭けの対象になってるらしいからね。
・・・うわぁー・・・。
さらりと付け加えられた一言に、すべて見えてしまったような気がした。
これか、大佐の気分を変えた一本の電話って。
こんな情報を喜々としてリークしてくるとしたら、極秘情報収集&一部に関しては漏洩なぞ朝飯前、な中央の軍法会議所のあの人なんだろうなー、と。
アルフォンスはちょっと遠くを見てしまった。
・・・大丈夫かな、兄さん。
どっちかっていうと、大佐の憂さ晴らしだったみたいなんだけど。
派手な爆発音が連鎖して起こる階下を見下ろして、でも皆には悪いが行かなくて良かった、とアルフォンスは心底安堵した。
「大佐ってあーゆーの得意なんですね…」
「――――ヒューズ中佐がね」
「え」
独り言のつもりが、返事が返る。
振り返ると、ホークアイが書類の整理を続けながらさらりと続けた。
「そういう部類はちょっと得意で、士官学校時代から実技とか二人で色々と」
「あ」
・・・何か今、吹っ飛ばされる青い集団の中に赤いのも混じってたような。
「結構やんちゃしてたなぁ、と以前誇らしげに話してらしたけど」
「・・・もう少し早く聞きたかったような気がします・・・」
もうもうと上がる土煙の中、起きあがった一団が何やら小競り合いを始めている。片割れはテロリスト役なのだろうか。
・・・というかそれより、あの後、烈火の如く怒り狂うだろう兄をどうやって宥めれば良いか頭が痛い。
「大丈夫だよ、一見派手だが見た目ほど効果はない」
いや、そういう問題でなく。
というかアレで見た目通りの効果があったら、人死に出てますよ、大佐。
窓から見つかるのを警戒してか、アルフォンスの背後に隠れながらひょこっと下を覗いた彼は、そうそう、と手にした封筒を取り出した。
「先日掘り返した資料だよ。それなりに古い資料なので役立つかは判らないが、ちょっと面白い記述がある。…あと巻き添えにしたお詫びに、これを」
たまに見せてくれる、何の含みもない笑顔と共に差し出されたのは、滅多に許可を下ろしてもらえない東部図書館の特別閲覧室の許可証と鍵だ。
「明日一日だけだがね」
「いいんですか?」
「これくらいしておかないと、後が五月蠅そうだから」
ちょいちょい、と指先で階下を示す。
…確かに威力はそんななかったのか、すぐに復活したらしい兄が、見付けたテロリスト役の人たちをすごい勢いで追いかけ回しているのが見えた。
・・・何かちょっと、恥ずかしい。
「・・・すいません・・・」
「いや、今回は全面的にこちらが悪い。すまないが鋼ののお守りを頼むよ」
「中将閣下に頂いた珍しい東のお菓子もあるから、この後食べさせてあげてね」
2人は口々に言いながら、手元の書類を片付けていく。大佐は無造作に処理済みの箱に数枚の書類を突っ込むと胸ポケットから取り出した銀時計で時刻を確認し、
「時間だ、中尉」
パチンと音を立てて蓋を閉じた。
ホークアイに差し出されたコートに袖を通しながら振り返る。
その時になって初めて、彼の手を包む白に気付いた。
手の甲に描かれた、火蜥蜴を従えた赤の錬成陣。
焔の大佐の銘を印した、発火布の手袋。
中尉も残りの書類をまとめて机に寄せると、確かめるように腰のホルダーに手を当てた。
2人を包む、空気が変わっている。
「大佐・・・?」
控えめな呼びかけに、彼は僅かに小首を傾げた。
「ニューオプティンで銀行や商社を襲う連続強盗騒ぎが起きているのは知っているかな?」
「…はい。来る途中立ち寄りましたから」
「強盗団の次の狙いはイーストシティ。そうタレコミがあってね。先日ようやく極秘での裏付けが済んだ」
ぎりぎりでしたけどね。とホークアイが付け足すと、それを受けて確かになと肩を竦めておいて、彼は口元に不遜な笑みを浮かべた。
「突然飛び込んできた事件対応のため、とは訓練中止の良い理由になると思わないか?」
作品名:Fool on the Planet 作家名:みとなんこ@紺