黄金の王(きんのおう)
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よく似た金髪と、よく似た黄金の瞳。
けれど母親である前王妃の血を濃く継いだ弟のアルフォンスは、父王の血を濃く継いだ兄のエドワードよりもその色合いが濃い。
「お帰りなさい、兄さん」
「おう、ただいま」
ふわりと微笑したアルフォンスに、エドワードは鷹揚に頷く。
「抱きしめてもいい?」
「…聞くな、バカ」
ぱっと頬に朱を散らした兄に、また微笑が零れる。
「じゃ、遠慮無く」
自分に比べ幾分細いエドワードの肩を引き寄せ、アルフォンスは彼を腕の中に閉じこめた。
きゅう、と抱きしめれば、エドワードの腕もアルフォンスの背に回される。
「───やっと、ちゃんとあなたに触れられた」
「…おう」
小さく頷くと、エドワードは弟の胸に顔を埋める。
「今朝も普段通りだったでしょ。ちゃんと休んだ?」
「あー…うん」
「嘘だ」
歯切れの悪い兄の返事を、弟はぴしゃんとひとことで切り捨てる。
この兄は、弟に嘘をついたりするのが極端に下手だ。
もう、とため息をついて、アルフォンスはエドワードの顔を両手で包んで上向かせた。
「ヒューズさん達は辛うじてごまかせても、ボクはだまされないよ」
視察の際エドワードが伴っていた護衛隊長の名前を挙げ、気まずげに目線を逸らす兄を見下ろす。
「やっぱり、少し肌が荒れてる。視察に行ってる間も、あんまり寝てなかったんでしょ」
「…たかが数日でそんなに荒れるかよ。つか女じゃねぇから、肌がどうとか気にしねぇし」
「あのねぇ、兄さんは無頓着すぎ」
「オマエは気にしすぎだ」
「兄さんが気にしないから、ボクが気にしてるんだよ。…ラッセルかフレッチャーに頼んで、ハーブティ調合して貰わなきゃ」
幼馴染で王宮専属の庭師である兄弟の名前を挙げると、エドワードの顔がうげ、と歪む。
「フレッチャーはともかく、ラッセルは止めろよ。アイツぜってぇローズヒップ調合するんだぜ?」
「それはあれが一番効くからだよ。ていうか兄さん未だにダメなんだ」
「あんな酸っぱいモン飲めるか!あれは飲めねぇ」
「わかった、じゃあローズヒップは避けて貰うから。───まあ、実はもう依頼済みなんだけどね」
「……へ?」
ぶるぶると首を横に振るエドワードにアルフォンスが苦笑して返すと、兄はきょとんと目を丸くする。
「勿論、ローズヒップは避けて貰ってるよ?命令書見せたら、今日のところはオレンジピールとカモミールだけで許してやる、ってラッセルが言ってた」
「あ、うん、さんきゅ」
「あとね。ウィンリィに、アップルパイ焼いて貰うように頼んできたんだ。ボクの部屋に持ってきてもらうようにしてるから」
OK?と小首を傾げると、エドワードが弟を見上げてぽかんとしたように言う。
「…なんかやたら手回し良いな、アル」
「まあね。何しろこれ、桜の宰相からボクへの”命令”でもあるし?」
小さく笑いながら、アルフォンスは机の上を見遣る。
先程彼がエドワードにサインを求めた書類は、一見すれば形式張った命令書だが、中身は非常にシンプルなものだ。
『───”橘の宰相アルフォンス・エルリックへ。責任を持って、我らが主をお慰めせよ”』
たったそれだけが書かれた書類に、ご丁寧に桜の宰相のサインと花押が押されている。
その上承認としてエドワードがサインを入れたのだ。
ぶっちゃけた話、この時点で王が許可した国家レベルの命令となってしまったわけで。
「…兄さんは、普段から働きすぎなんだよ」
敢えて命令という形を取ったのも、そうしないとおそらくエドワードは進んで休もうとしないから。
「国王だから、やらなきゃいけないことがたくさんあるのは解ってる。それはみんな知ってるんだ」
そしてその命がアルフォンスに下されたのは、彼がエドワードを誰よりも理解しているからだ。
「だけど同じくらい、みんなあなたを心配してる。桜の宰相もヒューズさんも、ラッセル達やウィンリィも」
───勿論、ボクだって。
そう続けて深紅の飾り紐を解けば、エドワードの長い髪がさらりと背中に広がる。
「だから、今日の”陛下”の時間はおしまい」
アルフォンスはその長い流れの一房をすくい上げ、恭しく、愛おしげに口づけを落とす。
「今からはボクのたった一人の兄さんで、───ただのエドワードだ」
その動作のまあ、なんと様になること。
思わず俯いたエドワードの肩をぽん、と撫で、アルフォンスは小さく促す。
「さ、行こ?そろそろ、ラッセルが部屋に来てくれる頃だ」
「……だけ、かよ」
「ん?なに?」
聞き返すと、エドワードは頬を紅潮させながら顔を上げ、怒ったような表情を浮かべる。
「か、髪だけかよって…言ったんだ」
いや、これは怒っているのではなく。
「…髪だけじゃだめだったの?」
低く尋ねると、エドワードは今度は耳まで真っ赤になる。
同じ血を分けた、同じ性を持つ兄弟だというのに、この人の変わらない初々しさといったら。
可愛くて、いとおしくて仕方がない。
「……だって、10日振りだ」
「うん、だからその分、普段より理性切れやすいと思うんだよね、ボク。それで髪だけで我慢したんだけど」
「呼ぶまで来るなって言ってあるし、オレが大声出したりしなきゃ、誰も来ねぇから」
思いがけないことを言われて、アルフォンスは琥珀色の目を瞬かせた。
「…さっき言ったろ、人払いしてるって」
「兄さん…」
「オレだって理性切れそうなんだよ、つか我慢なんぞできっか」
アルフォンスの胸ぐらを掴んで引き寄せながら、エドワードはつま先立ちになる。
「早くキスしろ、ばかアル。部屋に行くのはそれからだ」
「……了解、兄さん」
かくしてその後、エドワードは自分の脚で歩いて弟の部屋へ向かうことができたのか。
真実は本人とアルフォンスと、そして彼の部屋に茶葉を届けに来たラッセルだけが知っている。
作品名:黄金の王(きんのおう) 作家名:新澤やひろ