蒼き琥珀
<4>
「あー、でもそうしたら、オレってダメな国王だよなぁ……国のための結婚もできねぇんだから」
「ダメだなんて、そんな!事情も察せずに何度も見合いを持ち込む大臣の方が、ずっと酷いですよ」
気弱げにわらうエドワードに、ハイデリヒは大きく首を横に振った。
「…あなたはただ、アルフォンスくんという大事な人がいるから、妃を必要としないし、娶らないと決めている。ただそれだけのことでしょう?」
「そうだけど。事情を知らない大臣や国民達から見れば、オレは年頃になっても婚約者すら決められない、未熟な王だと思われてるかもしれない」
「それはエドワードさんの思い過ごしだよ。あなたは立派な王だし、世界中には、即位しても一生独身で通した王がたくさんいるんですから」
「けど、その理屈がこの国で通るかは解らないだろう?」
「───なにが解らないの?」
エドワードの呟きを、キッチンから戻ってきたアルフォンスが聞きとめて尋ねる。
「…いや、ちょっとな」
さすがに言いたくないらしく、言葉を濁すエドワードの代わりに、ハイデリヒが口を開いた。
「ちょっとじゃないですよ、エドワードさん。───あのねアルフォンスくん。先刻、大臣がまたエドワードさんに見合い話を持ち込んだんだ」
「あああアルフォンスっ!」
「…兄さんに、見合いを?」
かたりとテーブルに盆を置き、アルフォンスは僅かにトーンの落ちた声音でハイデリヒに尋ね返す。
「うん。僕、ここに来るときに彼とすれ違って。呼び止めようとしたんだけど、逃げられちゃって…」
「そうですか…へーえ、それは聞き捨てならないね」
すう、とアルフォンスの瞳が細められる。
「しかもわざわざボクの居ない隙を狙って、か。あの大臣も、悪知恵が働き始めたらしいや」
「───アル、それラングにも言われた」
がくん、とうなだれ、エドワードが呟く。
「アルフォンスくん、こうなったら”仏の顔も三度まで”だよ」
「そうですね。…今度顔を見たら、二度とそんな気を起こさないようにしっかり釘刺しておかないと」
「あ、僕も手伝うよ。逃がしちゃった分のお詫びもしたいし」
「お詫びだなんてそんな。でも、ありがとうございます。───アルフォンスさんが手伝ってくれるなら、効果が倍増しますよ」
にっこり、と擬音がつきそうな程の笑顔を浮かべ、アルフォンスはハイデリヒと顔を見合わせる。
同じ端正な作りの顔が、同じように小首を傾げて微笑う姿はまるで鏡に写し取ったかのようだが、二人のその笑みは少々黒い。
「───そっかぁ、それはまた」
こぽこぽと三人分の紅茶を注いだアルフォンスは、苦笑しながらエドワードにカップの一つを手渡して兄の隣に腰を下ろす。
「災難だったね、兄さん」
「まったくだぜ。何回持ってこられても、オレが首を縦に振るわけがないってのに」
受け取ったカップを両手で持ち、ふう、と息を吹きかける。
「───なあ、二人とも。オレさ…結婚だけは、絶対しないって決めてるんだ」
「…え」
きっぱり言い切ったエドワードに、アルフォンスは一瞬息が止まる。
「だってさ、オレなんかの嫁に来たりしたら相手が可哀想だ」
「エドワードさん……」
「考えてもみろよ。オレが一番結婚したいヤツとはできないんだぜ?いくら代わりを宛われたって、何の意味もないんだ」
カップから立ち上る湯気をぼんやり見ながら、エドワードは少し寂しげに呟く。
「たとえ国のために選んだヤツと結婚したとしても、そいつには興味も持てないし、まして子供作れだなんて言われても不可能だ」
「兄さん…」
「義務で人を抱けるほど、オレは器用でもないしさ」
エドワードは、役割を全うするために他人に体を差し出すことなど、既に出来なくなっている。
ずっと大切に愛され、愛おしむことだけを憶え込んできたから───ただ一人、アルフォンスを受け容れる為に。