蒼き琥珀
<5>
どことなく暗くなってしまった雰囲気を壊すように、エドワードは一つ息を吐き、明るい声で言った。
「あーあ、なんなら今からでも法律変えよっかなあ」
「法律を?」
「そう。兄弟だろうが同性だろうが、結婚しても良いって。───しまった、それよりオレが女に生まれてたら良かったのかも」
「「───はい?」」
いきなり話が飛躍したので、思わずアルフォンス達も間の抜けた返答をする。
「え、エドワードさん?なんで突然女になんて…」
「というか、兄さんが姉さんだったら、ボクが王座に就いてた可能性だってあるじゃない」
「だからだよ。オレがアルに乗っかって孕んで既成事実作っちまえば、オレが王妃ってことで結婚できたかもしんねぇじゃん」
「乗っかるって……」
絶句するハイデリヒとは対照的に、アルフォンスは少しばかり呆れたような表情を浮かべた。
「……兄さんらしいと言えばらしいけど、さらっと犯罪じみたこと言わないの」
とはいえ、この兄弟の間で強姦罪は成立しないだろうけれど。
「いーじゃねぇか、少しぐらい夢見たって!幸い王室内での血族婚は廃止されてないし」
血統を重んじる重臣達の策略もあって、これまでも何度か血族婚が行われていたのだ。
その証拠に、エドワード達の両親は父親同士が兄弟の従兄妹だったし、何代か遡れば異母姉弟で婚姻を結んだ者もいる。
「確かに廃されてないけどね、それは母親違いまででしょう?ボクと兄さんは母親だって一緒だし」
「…ああ、だから”既成事実”を作れば、っていうことなんですね」
ぽん、と手を打ったハイデリヒに、エドワードは頷いて紅茶を一口すすり、ふわりと小さく微笑する。
確かに子供が出来てしまえば、生まれる子の性別はともかく世継ぎは確保されるわけだし、実の姉弟であっても婚姻は可能かもしれない。
「───アルに似た子供、可愛いだろうなぁ。オレが産めたら一番良いんだけど、物理的に不可能だし」
「だったらボク、兄さんに似た子供の方がいいな」
「それは却下。オレに似た子供だったら、確実にそいつとアルを取り合うことになるじゃねぇか」
容姿を引き継げば性格も引き継ぐ、という確証は何処にもないのだが、エドワードはそこまで考えが回っていないらしい。
「その点アルに似た子供なら、オレはビジュアルから好みの人間に囲まれて過ごせるだろ?おまけにアルフォンスもいてくれれば更に幸せ、って寸法だ」
「え、僕も良いんですか?」
「当然。つか、オマエもいなきゃダメ」
「…なるほどね、つまりハーレム状態って訳だ」
「そういうこと」
さらりと長い脚を組み、アルフォンスも自分のカップを手にする。
「兄さんらしいというか、なんというか」
「なんだよ、不満があるのか?」
むう、と唇を尖らせるエドワードに、アルフォンスはふるりと首を横に振った。
「ううん。兄さんはボクらのこと、本当に好きなんだなぁって」
小さく笑みを零しながら言うと、エドワードはきょとんとする。
「…当たり前だろ?なぁに今更なこと、言ってんだよ」
かたんとカップをテーブルの上のソーサーに置き、よく似た顔の二人を見る。
「オレはアルもアルフォンスも大事なんだ。まあ、そうは言っても、ちょっとずつ形は違ってるけどな」
ハイデリヒは従弟という、家族の一員として。
アルフォンスは家族であり、恋人として。
「大事な人間が傍にいてくれれば嬉しいし、嬉しいことは多い方が良いだろう?だからオレは、できるだけ二人に傍にいて欲しい」
「欲張るね、ずいぶんと」
「オマエ達のことに関しては、妥協も遠慮もしないって決めてんだ、オレ」
腕組みをしてふんぞり返るエドワードに、アルフォンスとハイデリヒは顔を見合わせて小さく吹き出した。
「……なんだよ」
「うん。やっぱり兄さんらしいや」
「ほんとうに、エドワードさんらしいね」
くすくすと双子のように笑いながら、ひどく優しい声で彼らは言った。
そうして想ってくれるからこそ。
ぼくたちは、あなたの傍にありたいと願う。
ただひたすらに、あなたを愛してやまないのだ。
ぽぉん、と部屋の時計が時間を告げる。
「───わ、もうこんな時間なんだ」
エドワードに強請られて留学先でのことをかいつまんで話していたハイデリヒが、時計を見て目を見張った。
すでに外は暗くなっている。
「アルフォンスさん、何か予定が?」
「うん、ウィンリィが晩ご飯を食べにおいでって。そろそろ行かないと」
「ああ、そうか。…悪いな、こんな時間まで」
「いいえ、僕も久しぶりにお二人とたくさん話が出来て、嬉しかったです」
ハイデリヒは微笑すると、ソファの背もたれに掛けていた上着を手にして立ち上がった。
「伯母上達の墓参りもさせて戴きたいですし、また明日登城します。ラッセル達のところにいますから、お時間が取れるようでしたら声を掛けてください」
「おう。───って、あれ?ウィンリィの処じゃないのか」
「…傍にいたら助手に仕立て上げるわよ、って。僕は良いって言ったんだけど、侯爵令息をこき使うわけには行かないでしょ!って怒られちゃいました」
はは、と小さく笑い、指先で頬を掻く。
とはいっても、ウィンリィの家は代々国王の典医をつとめているが、国王の兄弟を先祖に持った由緒正しい伯爵家なので、れっきとした貴族の一員ではあるのだ。
身分云々は建前。つまりそれは、長旅で疲れているだろうハイデリヒをゆっくり休ませてあげたいという、ウィンリィなりの気遣いなのだ。
「にわか仕込みでも、後で役に立つことがあるかもしれないから、助手もやってみたかったんですけどね」
「まあ、それはまた次の機会にしろよ。これからいくらでもあるんだし」
「そうですね、そうします。───では、また」
深く頭を下げ、ハイデリヒは部屋を辞した。