蒼き琥珀
<6>
「アルフォンス」
部屋を出て廊下を歩いていると、よく知った声がかかる。
長い金髪をさらりと揺らしながら小走りで駆け寄ってきたのは、同じ年頃の少女。
ハイデリヒの顔に笑みが浮かぶ。
「───リィ」
今では彼だけが使う愛称で呼ぶと、彼女───ウィンリィはくすんと笑みを返す。
「やっぱり、まだアルの処だったのね」
「うん。ごめん、遅くなって」
「まあ、あの二人がそう簡単に、あんたを帰すとは思ってなかったもの」
迎えに来て正解だったわ、と肩をすくめて、もと来た廊下を二人で歩く。
「向こうでのこと、散々話をさせられたんでしょう?」
「そうでもなかったよ?別の話題で盛り上がってたし。…ああそうだ、リィはラングさんから聞いた?」
「いいえ、今日は左宰相様には会わなかったから。何かあったの?」
「あの大臣がまた、エドワードさんに見合い話を持って行ったんだって」
「───やだ、またなの?」
するりとウィンリィの肩を引き寄せて言うと、彼女はため息をついた。
「ったく、懲りないわねぇ。あの態度見てれば、エドにその気がないってことくらい、いい加減解るでしょうに」
「ホントにね」
「アルが一発、お灸を据えてやれば静かになるかしら」
「エドワードさんのこととなると容赦ないからね。…蛇足かもしれないけど、僕も一緒に言いに行こうと思ってるんだ」
「あんた達そっくりだから、スピーカー攻撃になって丁度良いかもしれないわ」
「うん、それ狙い」
「ふ、あははっ!」
小さく吹き出して肩を震わせ、ウィンリィは頭半分ほど上にあるハイデリヒの顔を見上げた。
「やっぱりあんた、アルと従兄弟なだけあるわね。顔と同じくらい、思考もだんだん似てきてるわよ」
「…そうかな?」
ふにゃ、と表情を綻ばせたハイデリヒに、ウィンリィは大きく頷く。
「───エドのためならなんでもしようって思うところ、アルとそっくりよ」
「でもそれは、リィだって一緒でしょ?」
「…まあね」
この国を導く、目映い黄金の光。
背負った重責をものともせず、国内はおろか各国から向けられる期待の目に応えようとする強さとしなやかさを併せ持つ、若い王と。
その王の背を影から支え、時に隣に立ち並び歩く宰相。
子供の頃から二人を知っている幼なじみとして、出来ることはしてやりたいと思うのだ。
「あんただって、アルには負けるけど、エドのこと大好きだもんね」
「エドワードさんだけじゃないよ、アルフォンスくんだって大好きだもの」
「…そうよね、そうだったわ」
ハイデリヒにとって、あの兄弟は自分を暗い泥沼から引き上げてくれた『光』でもあるのだ。
ウィンリィとは少し異なった感情で、彼は二人を思っている。
「……ほら、エドワードさんって昔から、アルフォンスくんと離れちゃうと巧く眠れないでしょう?だからそういう外部的な不安要素、すこしでも取り除いてあげられたらなぁって」
「───アルフォンス、ちょっと待って」
ハイデリヒの言葉に、ウィンリィの瞳が見開かれる。
「それ本当?エドがアルと一緒に居なきゃ眠れないって」
「うん、子供の頃からそうだったって───え、リィ知らなかったの?」
「知らないわよ」
「僕はてっきり、リィにも話してるんだと思ってた」
「…なんで典医のあたしに言わないで、あんたには話してるのかしら」
「どうしてかな…?」
うーん、とハイデリヒは首を傾げる。
「…で、そのこと、アルは?」
「気づいてないだろうからって、言ってないらしいよ。心配掛けたくないって」
「そうよね、知ってたら自分だけ城に残るなんて状況、作るわけがないか。……それじゃあエドのヤツ、この前の視察の時も」
「あんまり、眠ってないって。殆ど仕事してたらしいよ」
「あんのバカ!兄弟揃って同じコトやってるんだから!どこまで思考が似れば気が済むわけ!?」
もう、とウィンリィは大きくため息をついた。
「リィ、同じことってどういう?」
「───アルのやつもね、エドと同じ症状抱えてるのよ」
同じ症状、というのはつまり。
「…じゃあ、アルフォンスくんも…その視察の間は殆ど眠れなかったってこと?」
「そうよ。しかもあいつ、その時間の殆ど使って、エドの仕事肩代わりしてたの」
少しでも、兄の負担を軽くできれば、と。
自分の私室に書類を密かに持ち帰り、目を通し処理していたのだという。
エドワードが視察に出て5日が過ぎた頃、それを知ったウィンリィは頭を抱えたくなった。
「自分の仕事片づけておいて、その上エドの分でしょ?よくもまあ、体力的にも精神的にも保ったもんだわ」
「アルフォンスくんだから、保ったんじゃないかな」
「…そうとも言えるわ」
あの弟馬鹿。
ウィンリィはこっそり呟いてみせる。