Don't cry for me Amestris
だが、二人はそうさせたくないらしい。あんなふうに可愛がって、このふたりにそんな面があったことにエンヴィーは驚いたが、…そうさせるものがきっとあの子供にはあるのだろう。あの、少女には。
「――なるほどね。…見つけて先にやっちまうか?」
はたと思いついて呟けば、そこでなぜかにやりとグリードが笑い、ラストもまた妖艶な笑みをその唇にのせた。それでエンヴィーは覚る。
「はは、ほんと俺ら考えが似てるよなって思うよ、こういう時」
エンヴィーの笑いは、二人が今の自分の呟きと同じことをとっくに考えていたことを見抜いたからこそのもので、それに二人が笑みのみで応えたのは、弟分がまさにそのことに気づいたと理解したからだったから、つまり三人が浮かべたのは共犯者の笑みというものだった。
コロッケを作るのに小麦粉が足りない、ということに気づいたエドワードが再度の買出しに出た時、少女は、この街に来たその日に出会った女性とばったり再会した。
今日はそういうタイミングなのかもしれない、と思いながら、たまたまぶつかってしまった彼女の鞄を拾って渡してやる。相手は最初エドワードのことに気づかなかったようだが、しばらくの間を置いてから気づいたらしい。目の色のせいかもしれない。エドワードの瞳の色は珍しい金色をしているから。
「…元気そうね?」
無理に笑いを浮かべた、という印象の女性に、エドワードは眉をひそめる。
「うん。…お姉さんは?」
尋ね返せば、彼女は泣きそうな顔で笑った。その顔が胸に痛くて、エドワードは聞いたことを後悔する。
「…そうね。元気よ?」
しゅんとしてしまった少女に今度は普通に笑いかけて、女性は答えた。エドワードは申し訳ないような気持ちになって、そろりと彼女を見上げた。すると、女性は目を細めて笑ってくれる。
「…旅行?」
彼女の持っている鞄は普段の外出というには大きく、エドワードは不意にそう尋ねた。すると、彼女は黙って首を振る。
「――田舎に帰ろうかなあ、って」
「え?」
鞄を抱えて空を見上げた横顔を見つめて、エドワードは小さく首を傾げる。すると、女性はやはり困ったような、泣きそうな顔で笑った。
「帰っても家族はもういないんだけど…、セントラルにいる理由、なくなっちゃったんだ。あたし」
「…理由?」
冷たい北風が二人の年の近い少女の髪を揺らす。
「もうあたしはいらないんだって…」
「え…?」
「どこにいけばいいのかなあ…」
エドワードは何と言ったらいいかわからなくて、ただ相手を見返した。そんな少女の表情に気づいたものか、相手はにっこりと笑いなおして目を細めた。
「――あなたはがんばってね」
「…うん?」
詳しいことは語らずに、彼女は手を振って駅へ向かっていく。何となくその背中を見送って、エドワードは胸がつかまれるような気持ちになった。
セントラルにいる理由。
エドワードにとってそれはひとつだけだ。母親の仇を探して、息の根を止めることである。
しかし、もしももうここにはいなかったら?
…考え出したらその手のことはきりがないのだが、それでも心が冷えるような気がした。ここに来て三ヶ月、生活に慣れるのに慌しくて、別に目的を忘れていたわけではないのだけれど、それでもどこか、自分の中心からはひっそりと脇に寄っていたかもしれない。そう思った。
きゅっと拳を固めて、エドワードは胸のうちで母親の面影を思い浮かべてみた。幼い頃に見たままの姿で、彼女は微笑んでいた。
帰ってきたロアに作ってもらったジャック・オ・ランタンを抱えて、珍しくも、エドワードは「今夜は部屋にいてもいい?」と頼み込んできた。何しろずっと働いていたのだし、ロアを初めとして誰も文句は言わなかった。既に皆がエドワードには甘くなっていて、むしろ心配したくらいだ。
「…あれじゃねえか、ほら、アレ」
「なに? 生理?」
腕組みして落ち着きなげに足を鳴らしたグリードの台詞に、エンヴィーが真面目腐った顔で答える。ラストは無言でナイフを取り出し、マーテルは拳に無言でメリケンサックをはめた。俺を殺す気か、とわめいてエンヴィーは棚の上に避難する。バカ、とグリードがぼやく。
「そうじゃねえだろ、ほら、…ホームシック? みてぇな…」
グリードの言葉に、ラストが物憂げに溜息をつく。
「お菓子じゃ喜ばないかしら…」
「ねえよりましだろ、おい、なんか買ってこいよ」
かなり真剣な様子にエンヴィーは棚の上で呆れた顔をする。まったく、いつからこの連中はこんな風になったのだろうか。だがまあ、面白いのでよしとする。
「あれやればいいじゃんよ」
「何をだよ」
棚からとん、と飛び降りて、エンヴィーは言った。
「ほら、あれだよあれ。トリック・オア・トリート! ってやつ」
「…なんだったかしら?」
「ああ、あれか、お菓子を出さなきゃ殺すってやつ」
「殺さないよバカ」
エンヴィーは呆れた様子で言った。
「ハロウィン?」
黙っていたマーテルが、メリケンサックを外しながら呟き首を捻る。
「それだ。…なんでジャック・オ・ランタンなんぞ作るって言い出したか考えてたんだけど、そういうことじゃねえの?」
「おい、ハロウィンてなんだ?」
いまひとつわからない顔でグリードは眉をしかめた。
「あれか? 赤い服着たじーさんがプレゼントくれるとかいう…」
「それはクリスマスだよね…」
エンヴィーは「やだやだ、これだから喧嘩バカ一代は」と大げさに嘆いてみせた。
「ハロウィンてのはさ、あれだよ、地獄の釜の蓋が開くとかでさー、モンスターやらなんやらが出てくる日なんだと。そんでなんかこう、仮装とかして子供が近所を練り歩くんだよね。お菓子をもらうわけ」
「…お前、詳しいな」
「常識だよ、常識」
「それで、かぼちゃとどう関係あるのよ」
「なんか、そういう仮装とかするお化け? と関係あるみたいで、かぼちゃくりぬいて作るんだよ、顔のランタンをさ。さっきロアが作らされてただろ? あれな」
「詳しいのね…」
「だーからー、常識だっつうの、少なくとも世間じゃな」
あんたらそういうの知らなすぎなんだって、とエンヴィーは溜息をついた。
「それで、どうすんだ?」
「だからさ。おチビは菓子なんざもってねえだろ? 皆でいって、菓子もってねえんだし、いたずらだ! つってつれてきてパーティでもなんでもしてやりゃいいじゃん、理由はあれだよ、三ヶ月おめでとうとかそんなんでいいんじゃね?」
めんどくせえ連中だな、と思いつつも結構エンヴィーも真面目に考えてしまっていることに自分は気づいていない。
「…マーテル、今日は閉店だ、ロア呼んできてなんか作らせろ。ドルチェット、今からどっかからケーキとかなんかそういうの買って来い」
一応俺らって悪の組織みたいなもんなんだけどなー、とドルチェットは思わないでもなかったが、はいよグリードさん了解だ、と答えて駆け出していった。足と嗅覚には自信があるのだ。
が。
「ケーキはいらん…」
呼ばれるより前にやってきたロアが、ドルチェットの襟を捕まえながら言った。
「なんでだよ」
「あるからだ」
「は?」
ロアはエドワードの部屋の方を顎で示しながら、淡々と言った。
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ