Don't cry for me Amestris
「戦争に行って帰ってこなかったひとに、待っているという歌です」
マーテルは短く教えた。それに、ああ、とラストは頷く。帰ってこなかったのは恋人だろうか。そしてそれを、もう故郷などない人々が懐かしく思い、今ここで歌っているのか。
「…いい曲ね」
弾いているふたりを見ながら、ラストは小さな声で呟いた。
エドワードは楽譜を読めない。そうした教育を受けたことはないので。だが、ピアノを弾いているのを間近で見たことはあった。エドワードはその動きを真似ているのだ。完全に。音楽の習得というよりは、それは武術の技能の修練に近いものだった。
そしてその修練を何度か繰り返しているうちに、どの動きのときにどんな旋律になるかということを体で覚えた。だから、今では、何度か聞いた歌なら、主旋律だけなら弾くことが出来る。だがそんなことはしばらく忘れていたから、ちゃんと弾けるかどうか不安だったが、体で覚えたことはそうそう忘れないものらしい。
弾き終えた時、店中から拍手があった。
グリードが弦を置いて、ぽん、とエドワードの頭を撫でる。
「ひでぇよ、グリードさんよ、こんないいピアノ弾き隠してたんかよ」
客の誰かがそういうので、エドワードは驚いてしまった。グリードはにやっと笑って、そりゃあてめえらに見せんのは勿体ねえからよ、と適当に返していた。
だが人の口に戸は立てられない。それに、グリードも口止めをしたわけではなかったから、エドワードの話は徐々に人づて広まっていった。セントラルのスラムから、ゆっくりと人の輪に染み入るように。
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ