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Don't cry for me Amestris

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 ――エディのピアノは、技巧的にいえばそこまでうまいわけでもないのかもしれない。しかし、独特の世界がある上に、弾くのがいつも、誰もが親しんできた民謡や童謡の類なせいか、特に庶民の人気が高かった。だが、この国の九割以上はそうした庶民なのだ。その人気は、いまや計り知れないものがあるだろう。ラジオは田舎にも普及してきているから、そこも同じだ。
 セントラルにいる多くの人間は、故郷を捨ててきている。望むと望まざるとにかかわらずだが、どちらかといえば、追われるようにして出てきた者の方が多いだろう。働き口がなく、出稼ぎにやってきた男、売られてきた女、親を知らない子供、日々の糧にもかつえて罪に手を染めた者、表を歩けない者…、そうしたたくさんの貧しい人間の孤独や焦燥、憤りをロイは知っていて、日毎にそれをどうにかしなくてはという思いは強まっていた。奢侈に過ぎる特権階級の生活を垣間見るほどにその思いは強くなっていく。
 彼はかつて、今より若い日に戦争に参加した。国境を巡る戦いだった。一杯の水を捧げてくれた娘が、次に見た時には無残な姿で殺されているのを見た。大型の銃火器が投入され、僚友が一瞬で死んでいくのも見た。彼らはなぜ死ななければならなかったのだろう。前線で名もない人々が死んでいく間にも、セントラルでは夜毎に贅を極めた夜会が催されていた。戦争はワルツの間に、手慰みの駒遊びのように決められていた。
 ロイは許せなかった。彼らに死ぬ理由などなかった。
「………」
 彼は閉じた目を瞼の上から押さえた。あどけない音調が胸にしみていく。弾いている少女のことを思い浮かべ、ロイはたまらない気持ちになった。彼女とて、何もなくここに来たわけではないだろう。幸いにして暗い影を見ないから、恐らく居候先とやらでは可愛がられているのだろうが…。
 短い番組はエディが二曲か三曲ほどを弾いて終わりになってしまう。だが、それでもその夜の放送はそれまでとは大きく違ったものになった。

『…Good night, thank you』

 ある人にということわりと最後の挨拶。それが大きな違いになった。
 翌日といわず、番組終了間際からラジオ局には問い合わせがひっきりなしに続き、結果、翌週からは番組の時間が拡大し、エディにリクエストが出来るようになった。リクエストはそんなにいくつも取り上げられるわけではなかったが、それでも、幼いといってよいほどに若い、初々しい声がはにかんだように曲に添える「present for you」というフレーズにリスナーは感激した。
 ――レコードの発売が早々に決まったのはむしろ当然の帰結というもので、誰もがこのレコードの発売を心待ちにしていた。
 軍部でも特に下級の兵士の中にエディのファンは多く、ロイの耳にもそうした声は多く入ってきていた。
 ロイの、側近たちの耳にも、勿論。

 ロイを抜きにした彼の側近たちは、その夜司令部近くの馴染みの店に集まっていた。 
「遅くなってごめんなさい」
 最後にやってきたのは、軍にはまだ珍しい女性だ。といっても、軍服を脱いでしまえば一見したらそれとはわからないわけだが。
「いいええ、大丈夫です。何飲まれます?」
 彼女のために席を空けながら、背の高い男が愛想よく問いかける。銜えていた煙草を一時灰皿に押し付けて。彼の向かいから、ずんぐりとした大家の男がさっとメニューを出すが、女性はちらりと流し見ただけで、短くビールをと告げた。
「…話って、何なのかしら」
 全員集めて、と女性はちらりと隣に座った背の高い垂れ目の男に問いかける。すると彼はにやりと笑って、これです、と一枚のレコードを座席にもたれかかせさせていた袋の中から取り出す。
「…それは? ハボック少尉」
 少尉と呼ばれた、よくロイの運転手兼護衛を務めることの多い男は、潜めた声で種明かし。
「明日発売になる、エディのレコードですよ」
「…噂のピアニストね。それが…?」
 薄い色の瞳を瞬きさせて、女性は続きを促した。
「表はこの通り曲名だけのシンプルなもんですが、ね」
 ハボックはジャケットを裏返した。そこには、あまりはっきりした写真ではなかったが、確かにピアノを弾いている金髪の面影。近くもなければ照明にも乏しいようなので顔立ちはぼんやりしたものしかわからないが、まだ幼さの残る少女であるように見える。明言はできないが、小柄でもあるようだ。
「本当に随分若いのね」
「――あの人は、この子を知ってます」
「…え?」
 そこで女性は驚いた顔をした。ハボックは神妙な顔で告げる。
「きれいで眩しい。そういってました」
「…どういうこと?」
「中尉。ハボが運転手の時、あの人言ったらしいんですよ。エディのラジオを聴きながら、元気な子だよ、ってね」
「…呆れた手の早さという話? それとも、もっと違う話かしら」
 中尉、と呼ばれた女性は、向かいから補足してきた男に小さく笑う。
「――俺らのミューズになってもらえやしませんかね、って俺は思ってるんです」
「ブレダ。…俺はちょっと違います。ただ、あの人があんな顔であんな風に言うなら、ちょっとおせっかいやいてやりたいなって、そう思ってるんす」
 中尉、は即答を避けた。その間に注文しておいたビールがやってくる。
「――わたしも、リクエストをしたことがあるの」
 一口飲んでから、中尉は珍しい穏やかな顔で微笑めいたものを浮かべた。その表情に、男二人は咄嗟に言葉を失う。言われた内容は勿論のこと。
「ラッキーだったのね、その曲は弾いてもらえたわ」
「…なんて曲だったんです?」
 中尉は黙ってレコードを求め、それに応じたハボックの目の前で、ジャケットの一行を指差してやる。
「…一度彼女が弾いているのを聞いて、もう一度聞きたかったのよ」
 書かれていた曲名は「ダニーボーイ」。
 白い、けれども確かに鍛えられていて普通の女性のそれよりは骨ばって見える指先が曲名の上を往復した。
「…祖父の知人に、作曲家がいるの」
「?」
 中尉はくすりと笑って男二人を見た。そして、彼らを通して、ついていくと決めた上司の顔を思い浮かべる。まったく、しようのない男たちだ。自分が締めないと一向に締まらない。
「――出会いは偶然に。その方が、ロマンチックというものよ」
「…中尉?」
 顔を見合わせた男二人に、中尉はにっこりと笑い、こう告げた。
「いいわ。乗りましょう」
 彼女は全てを見てきた。ロイの赴いた戦場にも、立場は違えど参加した。理想というものがいかにもろいものであるか、格差というものがどれほどくだらなく、いとわしいものであるかも知っている。上官と決めた男が、そういった数々のものをひっくり返そうとしていることも知っている、むしろそうだからこそ彼女は今ここにいる。
「確かに彼女ほど、私たちのファーストレディに相応しい人もいないでしょう?」
 楽しげに問いかければ、男二人はぽかんとした顔をしていたが、彼女の中でそれはもはや決定事項になっていた。

 エドワードは当初、顔を出すのには難色を示していた。それによってデビルズネストの連中に迷惑を賭けることになったら困るからだ。
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ