Don't cry for me Amestris
#5 New Amestris
?「エディ」襲わる?
そのニュースは瞬く間にアメストリス中に広がった。大方の予想を超えていたのは、それがセントラルに留まらなかったことだ。
彼女を襲ったのがかつて彼女の母親を襲った人間の一人であること、少女がその連中を追ってセントラルへやってきたことなどは、一切報道として流れなかったが。
無論、彼女の父親によって財産も居場所も失った男が、人生を狂わせることになった殺人の、その被害者の娘であるエドワードに八つ当たりのような殺意を向けてきたことも。
襲撃犯は偶然居合わせたマスタング大佐によって逮捕され、エディは無事保護された。彼女はしばらく外に出られる状態ではなく、また襲撃犯が単独ではない可能性があることから、継続してマスタング大佐によって保護されることになった――
その続報に、貧しい労働者を初めとする多くのエディのファンたちはマスタング大佐への支持を高めた。もともと庶民出のせいか人気のあった男だ。この事件は彼への思わぬ追い風となったわけだ。
もっとも、本人はそんな風には思っていなかったが。
マーテルから連絡を受けてやってきたのは、ラストだった。グリードもエンヴィーも、何度も指名手配を受けた身で、罪状を数え始めたら夜が明けてしまう身の上だ。それだけに、表には出てこられない。
ラストはその点、人をそそのかしたことはあっても自分の手を汚したことはなく、勿論その筋では有名であることに違いはないのだが、とりあえずすぐにも手が後ろに回ることはない。そうした人選だった。
「あなたが、エディが居候をしているという家の人か」
ロイは、別室にて静かに彼女に問いかけた。その問いで、ロイが既にエドワードを知っていたのだ、ということにラストは気づいた。様子をうかがうように、値踏みするように上から下まで見てしまったのはそれ故である。
「何か事情があるのだとは思うが…」
ロイは言いよどんだ後、はっきりと口にした。
「逮捕した男は、ある高官の親族だ。厄介なことにはさせないつもりだが、心配ではある。…事情は、聞かないつもりです。だが、…差し支えなければ、私の傍に置かせてほしい」
ラストは瞬きした。じっと見つめたのは、彼の真意を測るためだ。だが、すぐに答えは出た。
「守ってくださるのかしら、あの子を」
勿論、と頷いた男は真摯で、その感情に嘘のないことなど、人を見るのに長けたラストに解らないわけがなかった。これが下心のある人間だったなら今すぐにでもエドワードを連れ帰って二度と会わせず、件の高官宅には不慮の火災にでも見舞われて頂くところなのだが。
「…あの子は、私たちの大事な妹なの」
ラストは微笑んで、ロイを射抜くように見つめた。それから、軽く頭を下げる。
「――よろしくお願いします」
別れのときは覚悟していたのに、ラストは、寂しいと感じている自分がいることに気づいてしまった。そして同時に、予感のようなものをも抱いていた。この目の前の男は、今はそういうつもりはないかもしれないが、いつかエドワードを本当にさらっていくのだろう、と。
デビルズネストの連中は、変装してエドワードの引越しをした。ロイはそれまでアパートに住んでいたが、もう少し広く、軍司令部に程近く、そして警備面でもしっかりとした一軒屋に引っ越した。
それではまるで新婚家庭の新居だ、とデビルズネストの連中もマスタングの腹心の部下たちも思わないでもなかったが、アパートに二人きりよりはいい。しばらくは警備のために信頼の置ける人間が一緒に住まうことになっていたから、余計に。
エドワードはしばらく塞いでいたが、番組が取りやめとなっている間ラジオ局に寄せられた彼女を案じる手紙を見せられると、呆然とした後顔をくしゃくしゃにして子供のように泣き始めた。実際まだ彼女は子供といっても良い年齢ではあったのだが、もっとうんと小さな子供のような泣き方だった。
ロイは、黙って彼女を抱きしめていた。少女は縋るようにロイの服を掴み、嗚咽を噛み殺していた。
それからは、彼女はぽつりぽつりと話をするようになったし、食事も少しずつ量が増えていった。彼女が特に甘い、可愛らしい菓子の類に目を丸くして喜ぶのが楽しく、嬉しくて、ロイは毎日そういったものを買い求めて帰った。ほんの少しでも笑ってくれるのが、何よりも嬉しかったのだ。
――エディを引き取って、一ヶ月は経たなかっただろう。
ロイはある日帰ったとき、エドワードは髪をそれまでとは違う三つ編みにして、真剣な顔で彼を待っていた。
「エディ…?」
その決意みなぎる顔に、ロイは気圧されるようなものを感じていた。
「大佐。オレを大佐のそばで使って」
「…なに?」
少女は真剣だった。それはロイにも痛いほど解った。
「…大佐は、クーデターを起こすんだろ?」
物騒な単語に、思わずロイは息を飲んだ。一体誰がそんなことを彼女に吹き込んだのだろう。部下の誰かだろうか。しかし、まるでロイの考えを読んだかのように、エドワードは首を振った。
「前におっさんたちが言ってた。マスタング大佐はクーデターを起こすかもしれないって」
「…かもしれない、だろう?」
エドワードはぶんぶんと首を振った。
「でも大佐はオレを助けてくれた!」
「…エディ?」
エドワードは立ち上がり、ロイの両手を掴んで必死に訴えた。
「オレの母さんは殺されたんだ…」
「……」
母さんを返せ、という少女の悲痛な叫びはまだロイの胸に残っている。
「母さんがオヤジのちゃんとした奥さんじゃなかったから! …なのに、オヤジは母さんと結婚したがったから、母さんの子供を跡継ぎにしたがったから! …だから母さんは殺された」
エドワードの目にじわりと涙が滲んだ。ロイは、息を飲んで少女の言葉を聞いていた。少女の声は震えていた。
「…なんで母さんは殺されなくちゃいけなかったんだ? …この国に、身分とか、金持ちとか貧乏人とか、そういうのがあるからだ」
「――」
ロイはなんと言ったらいいかわからず、ただ食い入るように少女を見つめるしかできない。
「…あんたなら変えられるって、皆言ってる」
金色の瞳に吸い込まれそうになって、ロイは息を飲んだ。いやに喉が渇いて感じられる。
「…大佐はオレを助けてくれたもん。…大佐なら、皆を助けてくれる。そうだよね?」
信頼に裏打ちされた視線は強く、抗い難いものがあった。
ロイは乾いた唇をなめて、しかし、の言葉を飲み込んだ。
「――買いかぶりかもしれないよ?」
男は静かに息を吐いて膝をつき、下から金色の目をのぞきこんだ。少女はぶんぶんと頭を振った。
「そんなことない!」
「………」
「…オレ、師匠に鍛えられたから、身も守れるし、大佐だって守れるから、だからそばに…」
ロイは全部を聞かずに、少女を腕に引き落とした。息を飲んだ体は細かったが、思ったよりは柔らかさを備えていた。思えば最初に出会った時から一年近くが過ぎている。あの頃は少年とも見まごう、どこか中性的な雰囲気をしていたが、今はもう少年には見えないだろう。女性的とはいえないが、確かに今腕の中にいるのは少女だった。
「…もしも私が、この国を変えることが出来たら…」
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ