二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Don't cry for me Amestris

INDEX|22ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

「なんだい? ああ、君、夕飯は食べたか」
「食べた。…ごまかすな、大佐。いつになったら、オレのことあんたの傍に置いてくれるんだよ」
 つんのめるようにして身を乗り出すエドワードの両肩を、やれやれとばかりロイは掴む。
 エドワードはずっとこうだ。
 君がラジオに出てくれることがとても私の励みになるんだ、といっても聞きいれてくれたためしがない。実際、エディがマスタングを持ち上げれば民衆の感情はそちらに傾くわけで、そういう意味で本当に彼女はロイの力になってくれていた。
 いたのだが、本人としてはそれでは不服であるらしい。
 彼女は確かに腕が立った。どうしても聞かないので手合わせして、ロイにもそのことがよくわかった。下手な兵士よりよほど強いだろう。
 だが、彼女は少女だし、子供だった。専門的な教育を受けたわけでもない。軍人として傍に置くことも、軍属として連れまわすことも出来るはずがなかった。
 ロイはこれについては実は大層困っていた。
 どうせ傍にいるなら、と冗談に紛らわして言ってしまおうと思っている言葉もある。だがそれもまだ時期尚早だ。エドワードはやっと十六だ。
「…気持ちは嬉しいが、私だって弱くはないよ」
「…知ってる」
 エドワードは不服そうに口を尖らせた。手合わせでは経験の差から、ロイが彼女に勝利していた。ロイもそればかりは負けるわけに行かなかったから必死だった。
「それに、私の部下たちも弱くはないよ」
「…それも知ってる」
 エドワードはロイの軍服を掴んだまま、ますますむくれてしまった。
 ロイはひそかに溜息をついて、隙だらけの小柄をひょいっと抱き上げる。驚いたのはエドワードだ。確かに油断していたとはいえ、まさか軽々と横抱きに抱き上げられてしまうなんて!
「…エド。あまりひどいことを言わないでくれ」
「…ひどいこと言ってるのは、大佐だろ? オレのこと馬鹿にして…」
 ロイは困ったように笑い、腕の中でむくれる少女を覗き込んだ。
「ひどいよ。君が私を庇って銃弾にでも撃たれてみろ。私は袋叩きにされるし、何より、ひどく傷つく」
「…大げさだよ」
「大げさなものか。いいか、君が怪我をしたら私は傷つく。例外なくだ」
「…なんで?」
 不審げな顔で問われて、ロイは少し意地悪く笑った。
「それは当たり前だよ。私は、君が好きだからね」
「――は?」
 エドワードは抱き上げられたまま、ぽかんと口を開けた。驚いたらしい。その可愛い鼻の頭にちょこんとキスをして、ロイは笑った。これくらいはいいだろう。家族の挨拶の範疇だ。
「……!」
 エドワードの顔が、一瞬の間を置いてぶわっと赤くなった。
 ロイは何も言わない。澄ましたようなその表情が腹立たしくて、エドワードはロイの頬をつねった。痛いよ、とちっとも痛くなさそうな声で言われて腹が立つ。
「…やっぱりあんたオレのことバカにしてる」
「してないというのに」
「してるからこんなんするんだろ、オレのことガキだと思って」
 拗ねたように口を尖らせるのを見て、ロイは、おや、と目を瞠る。これはもしかして、もしかしなくても…。
「…エド」
 許された愛称を口にすれば、エドワードの金色の目がこちらを向く。ロイは知らず微笑を浮かべていた。そうして、目を閉じて顔を寄せる。
 触れるだけの口づけはすぐにも離れて終わった。
 エドワードは呆然と、何が起こったのかわからない顔で瞬きを繰り返す。
「…大事だから、君が傷つくのが怖いんだ」
 やがて囁きが聞こえてきて、遅ればせながらエドワードは真っ赤になった。首まで真っ赤になる姿に何を思ったか、ロイは、とりあえず彼女を抱えたままの格好でソファに腰を下ろす。
「エドワード。私は君が、好きなんだ」
 真剣な顔と声で告げれば、エドワードはしどろもどろになって目をそらした。落ち着きのない仕種に、ロイは笑みを浮かべた。
「…君も、私が好き?」
 ひっそりと問いかければ、ぱっと弾かれたように顔を上げた後、エドワードはまたうろうろと視線をさまよわせた。困ったと素直に示す態度に、ロイは目を細める。こんな反応、彼の回りにはずっとなかったから、楽しくなってしまう。
 そして、そんなには経っていなかったのだろうが、幾らか時間が経過したところで、小さな小さな声がした。彼女は言うだけ言うと顔を伏せてしまったので表情はよくわからなかったが、顔を隠すことであらわになったうなじは真っ赤だった。

 すき

 短いエドワードの言葉は、まるで蚊の鳴くような小さなものだったけれど、二人きりの部屋の中ではよく聞こえた。
 ロイは黙って、ゆっくりとエドワードを抱きしめなおした。エドワードもまた、おずおずとロイの背中に手を回す。
 ――会って話が出来れば、ただそこにいて輝いていてくれればそれで十分だ、なんて、よく言えたものだとロイは我が事ながらおかしくなった。
 もっと見つめたいと願い、それが叶えば触れたいと切望する。
 それは抗い難い人の性というものだ。
 しかし、まだ理性は働いている。どこまでも清廉な印象のこの少女に、そんな風に欲を向けることは到底出来ない相談だった。だから、ロイは、今はまだこうして抱きしめることしか出来ないし、それ以上を望むつもりもなかった。
 金髪に顔をうずめながら、ロイは、これからのことを考えていた。


 各地で反体制のデモが頻発するようになっていた。それらは当初憲兵隊により抑えられる程度の小規模なものだったが、次第に規模も内容も重いものになっていって、軍の出動となることも少なくなかった。
 そうしたことは地方の方が多かったが、セントラルも無縁ではなかった。労働者によるストライキ、デモ行進は日々増えていって、街は大いに混乱していた。それでもどうにか街が機能していたのは、ひとえに、セントラルが首都であり、常駐の軍人が最も多い場所だからにつきる。要人も多く、それぞれの私兵ともいうべき警備陣も手堅かったからだ。
 だがしかし、都市の人口が最も多いのもセントラルなわけで、当然労働者の人口も一番多い。となれば、いつまでも抑えこんでおけるものでもなかった。
 マスタングと彼の側近たちは、そうした状況を鑑みながら、クーデターを起こす機会をうかがっていた。機は既に熟した感があり、必要なのは、きっかけだけだった。
 軍の大半以上を占める下級兵、下士官はもはやほぼマスタングが掌握しており、上層部はほとんどが特権階級とつながり利権を貪るしか能のない連中だ。彼ら独自の軍事力がないわけでもなかったが、実際軍司令部の中でマスタングに勝る求心力を持つ将校などいなかったから、恐るるに足りなかった。
 そうした緊張が続く中で、ラジオ局の主催でエディのコンサートが行われることになった。当日は多くのファン、貧しい労働者たちが集うことが予想された。
 今や彼女の「ニュー・アメストリス」は反体制の人間にとってなくてはならない曲だ。だがそれでも、タイトルとメロディだけだったから、合言葉のようにしか使われていなかった。
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ