Don't cry for me Amestris
#6 Don’t cry for me Amestris
体制が変わったといっても、平和的な手段で変わったわけではない以上致し方ない面もあるのだろうが、旧体制の一掃はそう易々とは進まなかった。
ロイが指揮する軍は勿論、彼自身もまたあちこちを転戦する必要があり、慌しい日が続いていた。そうなってはエドワードだって落ち着いているわけにもいかず、大体、彼女が大衆を扇動したのは紛れもない事実であり、そうしたことから、彼女もまた旧勢力に命を狙われる身の上だった。これは無理からぬことといえた。
ロイは彼女が戦闘の場に出ることを好まなかったが、彼女がいるといないとでは士気が違うのも事実だったし、何より、彼女はけして弱くはなかった。これで弱ければ頑として外には出さなかったのだろうが、彼女は本当に強かったので、断る理由は何もなく、かくして、エドワードは度々地方や中央の兵士の前に姿を見せた。兵士だけではない。デモ隊や、武装した市民の前にもだ。
そして真っ直ぐに訴えた。この国は変わる。マスタング大佐が変えてくれる。そう、訴え続けた。
「…なんかとんでもねえことになったよなあ」
セントラルのスラムの一角、デビルズネストにて、店主というか一家の主であるところのグリードは、ラジオのボリュームを下げながら溜息をついた。まったく、予想外もいいところだ。
「まったくね…」
それに応じるラストも、溜息をつく。
エドワードをずっとここに置いておくわけには行かないと思ったのは本心だったし、あの大佐が信頼に足る人物だということも間違ってはいなかったと思う。だがしかし、何も革命の象徴に祭り上げられなくてもと思わずにはいられなかった。
――これでは命の危険がむしろ上がってしまうではないか!
デビルズネストの手は長く、アメストリスの裏社会全体に対して影響力を持ってはいたが、それとて限りがある。裏から牽制して彼女に危害を加えようとする者は幾らか闇に葬りはしたのだが、それにも限度というものがあったのだ。
「…アメストリスの白薔薇」
「は?」
入ってきたエンヴィーが意味不明な言葉を呟いて新聞をばさっと投げた。ラストもグリードも不審げな顔を作るが、エンヴィーは顎で新聞を読めと示すだけだ。
仕方なし覗き込めば、なるほど確かにそこにはそんな言葉が書いてあった。そして、写真が載っているのは、…大事な大事な妹分だ。
「団結せよ! 労働者諸君! …だってさ」
呆れたような調子で言って。エンヴィーは肩を竦めた。
「…俺たち、おチビをわかってなかったのかもね?」
「どういう意味?」
「これも、あいつなりの復讐なんじゃないか、ってこと」
復讐、という言葉に、グリードとラストは顔を見合わせる。思い当たるのは、エドワードが母親の仇を追っていたことだ。
「詳しくは知らないけど、おチビのお袋さんが殺されたのって、オヤジの跡継ぎ問題が原因なんだろ?」
「まあ、そうだな」
「だからさ、それだよ。もし身分の差なんてもんがなければ、おふくろさんは殺されなかったし、肩にあんな傷残すこともなかった」
「いつ見たの」
傷? と首を捻ったグリードと対照的に、ラストは冷たい声を出した。返答次第では許さない、とその声だけで意思が垣間見える。
「…夏に半袖着てりゃさ、そりゃ見えることもあるでしょ」
「…信じられないわね…」
「あいつ、傷跡なんかあんのか?」
グリードの問いかけに、ラストは溜息をついて頭を振った。ちらりとエンヴィーに念を押すような一瞥を投げてから。
「あるわ。古い銃創が。大きな傷だったのか、処置がよくなかったのか…今でも大きな傷跡が残ってるのよ」
ラストは目を眇めた。
「あんな傷まで残して。あれじゃ忘れられないわよ。思い出すに決まってる」
グリードは何も言わずただ頷いた。そうして、それから、エンヴィーを見やる。
「まあ、てめえがいつ見たかは聞かないでおくが…で、つまりはあれか、国を変えるのがあいつの復讐ってことが言いたいのか」
「まあ、そうだと思うよ。おチビ、頭は悪くないしね」
「…なるほどねえ…」
グリードはナイフを磨く手を止め、考え込むように黙った。
「…何にせよ、もう引き返せないわ。あの子も、この国も」
「そうだね」
ラストの事実を述べる声に、エンヴィーは頷いた。
「…そうなんだよね」
困ったように繰り返すエンヴィーに、ラストもグリードも声はかけなかった。かけられなかった、というべきかもしれない。
「ところで、おふたりは式はいつ挙げられるのですか」
唐突な質問に、ロイは目を丸くし、エドワードはぽかんとした。その後ふたりは互いに顔を見合わせ、ふたり? と問う意味でお互いを指差した。その息のあった動きに居合わせた男たちは感心し、問いかけた女性はわが意を得たりとばかりに頷いた。
「…式?」
それでもなおもロイは問い直した。
「挙式のことですが何か」
「…私たちが?」
「必要なけじめです」
「…。…待て! 何か誤解していないか、私は、まだ」
「…『まだ』?」
じろり、と鷹の目の異名を持つ女性はロイを睨み付けた。
「えと、…中尉、えっと、待って」
それに肩を竦めたロイの向かい側から、今もまたあの白い軍服を身につけた少女が身を乗り出すようにして止める。
「けじめって、…別に、オレ、大佐のその、…そういうんじゃ、ない、し…」
言いながら、言うほどに赤くなっていくのは初々しく可愛らしかったが、それは少女にこそ捧げられる賛辞であって、男にはまるで関係がない。
「…とにかく、中尉。それは私たちの問題だから」
咳払いの後のなんともしまらない台詞に、エドワードは目を丸くして、黙っていた男達、発言した女性はじっとロイを見た。
「な、なんだね」
眉をひそめるロイに、いえ、別に、とホークアイ中尉はしれっとして返した。
「…私、たち、って? 大佐…」
エドワードの呆然とした台詞に、ロイは首を捻る。自分は何かおかしなことを言ったのだろうか、と。
「あっ、俺書類取りに行かなきゃなんなかったんで!」
あー大変だ大変だ、と唐突にハボックが口にして立ち上がった。実にわざとらしい挙措だった。しかし、それに続いてばたばたと、それぞれ何か理由を口にして部屋を出て行って、あっという間にロイとエドワードは二人きりにされてしまった。
え、と最後に出て行った中尉に助けを求める視線を送ったエドワードだが、ウィンクされて取り残されてしまった。
「………」
どうしよう、とエドワードは俯いた。このままロイを振り向かないのは不自然だが、といって、とてもではないけれど顔など見られない。
「…まったく」
と、ロイが溜息をついて、立ち上がる気配があった。驚く間も答える間もなく、彼は、エドワードの正面に回りこんできて、しゃがんだ。下から見上げられてしまえば、ますます逃げ場がなくて、エドワードは泣きそうな気持ちになる。こんな励ましなんてほしくはなかった。ロイはエドワードを好きだと言ってくれて、エドワードの気持ちもわかってくれた。今はまだそれだけで十分なのに。時折やさしく触れてくれるだけで、本当にそれだけで。
「エド」
「……」
拗ねたような顔になってしまうのは、仕方なかった。どんな顔をすればいいのかわからなかったのだ。
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ