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Don't cry for me Amestris

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「わっ、…忘れてなんか! …でも、だって」
 ロイはごく自然な様子でこう口にした。

――結婚してくれないか

 と。エドワードは最初聞き間違いかと首を傾げた後、じっと見つめているロイの目を見てそれが間違いではないことを確認し、それから途方に暮れた目で見返してきた。それが先ほどまでの話。
「君がほしいと言ったぞ、私は」
 確かに以前そう言われたことはあったが、その時にプロポーズがどうのこうのと、確かにそんなことを言っていたような気もしないことはなかったが…、それでも、エドワードの中では驚きに値する切り出しだったのだ。
「君の、答えは?」
「…オレ、なんかより、大佐には、もっと、ちゃんと…」
 俯いてしまった少女の小さな頭に、ロイは溜息をついた。この国のどこに、一体こんなにも相応しい相手がいるだろうか。いや。相応しいなどとはいっそ失礼だ。自分こそ、彼女に相応しいかといわれれば首を傾げる外ないだろう。
「それは謙遜が過ぎるよ」
「…でも、オレは、ほんとは、母さんの仇がとりたくて、それだけで」
 しどろもどろに言うエドワードの手を、ロイはそっととった。そしてそのまま、ゆっくりと胸に引き寄せる。心臓の音が、きれいに重なった。
「私だって似たようなものだ」
「…大佐?」
「私がなぜ革命を起こそうと思ったか、君に話していなかった」
「…なんで?」
 ロイの上着を掴んで見上げてくる瞳に薄く笑んた後、彼は遠くを見るような顔をして目を眇めた。
「…親友がいたんだ」
「親友…大佐の」
 頷いて、ロイは笑った。痛みをこらえるような、不恰好な笑い方だった。
「同期で一番気があって、同じ戦争に行った。二人で、この国を変えようと話した。若かったんだな、あの頃は…」
「…大佐…」
 エドワードはそっとロイの頬に触れた。泣いているように見えたからだ。しかし、男は泣いてはおらず、その頬は乾いたままだった。それでもエドワードは指を離さなかった。彼の心が泣いているように思えたから。
「親バカのかみさんバカでね、家族第一の男だったのに、私のせいで死なせた」
「…大佐のせい、って…なんで…」
「私のために情報を集めてくれていた。…そして死んだんだ」
 詳しく語られずとも、何となく事情はわからないでもなかった。要するに、その親友は、踏み込みすぎて殺されたということだろう。
「どうあっても私は、革命を成功させないわけに行かなかった」
「……」
 でも、とロイはそこでなぜか小さく笑った。
「それでも気持ちは揺らいだ。どんなに足場を固めても、不安は消えなかったよ。…そんなときに君と会った」
「オレ…?」
 不思議そうに首を捻るエドワードに、ロイはただ頷く。
「君に、惹かれたよ。最初から。…もう一度頑張ろうと思えた」
 エドワードは困ってしまって眉根を寄せた。何をしたつもりもないのだ。まして出会った時というならなおさらにそうだ。
「それから、…君の理由を聞いて。君が泣かないで済むなら頑張ろうと、本当にそう思った」
「…そんな、…」
「本当だよ」
 ロイは笑って、エドワードを抱きしめたまま立ち上がった。足が床から離れて不安定になったエドワードは、声をあげてロイにしがみつく。つかまっていて、と簡単に命じて、ロイは部屋を移動する。といっても隣室に移動しただけだったが。
 ダイニングキッチンからリビングに移動して、エドワードごと長椅子に腰を下ろし、ロイは少女の小柄を放した。しかし解放されたといってもロイの膝の上だったし、エドワードも途方に暮れてしまう。
「私は悲観的な人間でね」
 ロイは少し冗談を言うような顔で目を細めた。そして言う。
「革命半ばで命を落すことも考えていた。でも、もうそんなことはよほどのことがない限りないだろうから」
「…から?」
「君を一人にしたら、君が泣くと思ったんだ」
 ――でももう泣かせる心配はないから。
 付け加えられた台詞にぽかんとした後、エドワードはクッションを取ると、ぼすっ、とロイに押し付ける。怒ったような、照れたような顔で。
「…だから、オレはそんな泣き虫じゃないって!」
「そうかい? 結構よく泣くじゃないか」
「泣いてない!」
「ふぅん…じゃあ、まあそういうことでもいいが」
「そういうことでもって、だから、泣かないってのに…!」
 大佐のバカ! とエドワードはクッションをもう一度構えた。それを、ロイは今度は笑いながら抱きとめる。捕まえられてしまった胸の中で、エドワードはクッションを抱きしめた。
「――君のお母さんは…」
 不意に静かな声が聞こえてきて、エドワードははっとした。
「君は、君のお母さんは、お父さんと正式に結婚は出来なかったと言っていた」
「……そうだよ」
 身じろぎもせず、肩を強張らせて固い声で答えるのを、ロイは頭と背中を撫でることで宥める。そうして続けた。
「君は、お母さんとは違うよ」
「……どういうこと」
「手を出して」
「……?」
 ロイは、胸に抱き寄せた体、その小さな顔を覗き込んだ。そうして、唇を額にこすりつけるようにして甘やかし、さあ手を出して、と促した。エドワードはおずおずと手を出そうとして、そっちじゃなくて左手を、といわれる。大人しく左手を出せば、薬指をとられて、…ロイは、ポケットから取り出したものをそっとそこにはめた。
 プラチナの、特に飾り気のない指環だった。だが、ぴったりとエドワードの指にはあっていた。
「…これ」
「あまり派手なものは君は好まないかと思って」
 そんなことを言っているわけではない、と顔を上げれば、男はなんだか情けないような、愛嬌のある顔でこちらを見ていた。
「受け取ってはくれないか?」
「……」
 エドワードは黙って自分の左手を握りこみ、胸に引き取った。ロイには渡すまいとするような仕種は、受け取ったそれを返さないという意思表示に他ならなくて、ロイはつい笑ってしまった。
「返せっていっても、返さないんだからな」
「返されたら傷つくよ」
「…ほんとに、…ほんと?」
 念を押すように尋ねたら、本当の本当、と返される。子供の言葉遊びのようだが、それにつきあってくれるのは彼の優しさだろう。
「…これで君のお母さんの仇をとったとはいえないが」
 額へキスしながらのロイの言葉に、エドワードは目を伏せる。
「でも、これからはきっとこの国は変わるよ。それで許してはくれないか」
「……」
「君の手は、誰かを傷つけるためにあるわけじゃないだろう」
 エドワードはゆっくりと顔を覆った。涙が勝手にこぼれてきてとまらなかったから。なのに、そうやって隠した顔を、ロイの手がやんわりと、だが有無を言わさず外してしまう。抗う間もなく外された手をとられ、そして、涙を吸われた。瞼に触れる唇は温かい。
「…ほら、やっぱり泣き虫じゃないか」
 からかうような口調に反論したかったけれど、胸がつかえて何の言葉も出てこなかった。今までずっと、あの風の強い晩からずっと、その思いひとつでここまで来たのだ。その降り積もった何かは、そうして涙にでもしなければ、自分の中で折り合いがつかなかったのかもしれない。
作品名:Don't cry for me Amestris 作家名:スサ