二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

無題if 赤と青 Rot und blau -罪と罰-

INDEX|13ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

あなたは泣いてくれるでしょうか。










 私が終わる最期のとき、あなたは泣いてくれるでしょうか?

 馬鹿なことを言うなと、あなたは笑うのかもしれません。私は引き際を過った。後はもう、尽きるときまで立ち続けるだけ。モルヒネだけでは体のあちこちを焼く痛みをもう抑えられない。膝を折ってしまいそうだ。

 地下壕に置かれた指令本部。地図を見つめる日本の瞳は暗く淀む。額に浮かんだ脂汗がぽたりと落ち、地図に染みを作る。それと同時に日本は大きく目を見開いた。 

「…ッ、あ、アアッ!!」


腹部に落ちた激しい、身体を焼くような痛みに何が起こったのか解らぬまま、日本はその場に崩れ落ち、気を失った。








「…わざわざ、こんなとこまで出向いてくるとは。暇人だな、爺」

「欧州まで出向いて、師匠に挨拶も出来ずに帰れませんよ。…それにしても、美しい街並みですね」
東プロイセンの古都、ケーニヒスベルク。かつての王都を一望出来る丘から街を望み、日本は言葉を漏らす。
「…だろ。…まあ、瓦礫にならねぇようにどこまで俺も踏ん張れるかねぇ」
街を見下ろすプロイセンの赤はどことなく悲しい。戦争とは無縁に思える程、街はいつも通りで市場には野菜や肉を加工したもの、衣服や雑貨などが並び、活気に溢れている。ほんの数百キロ離れたところではドイツ軍とソ連軍との戦闘が繰り広げられているというのに、ひどく長閑な光景だった。

「…ドイツさんが心配していましたよ」

プロイセンの風に揺れる銀色の髪を見やる。初めて会ったとき、その髪は淡い金色をしていたと言うのに今やすっかり色が抜け落ちてしまった。特徴的だった瞳の赤も、血の色を透かしたような赤になっていた。
「…喧嘩でもなさったのですか」
答えないプロイセンに日本は口を開く。周りが呆れるほどに、とてもドイツとプロイセンの仲は良かった。でも、いつの頃からかプロイセンはドイツを遠ざけるようになり、遠ざけれたドイツは以前にも増して、プロイセンを傍に置こうと躍起になっているように日本には思えた。
「…喧嘩ねぇ。…ただ、意見が合わなくって、お前とは一緒にいたくないって言っただけだぜ」
何でもないことのようにそう言って、プロイセンは視線を伏せる。日本は瞳を瞬いた。
「意見が合わない?」
一心同体、鏡のような兄と弟。お互いのことを一番良く理解しあっていた。日本は眉を寄せた。
「…人種政策のことですか?」
プロイセンが反目するのならば、そこだろうと思う。それにプロイセンは薄い笑みを浮かべた。
「ドイツに「悪種」は必要ないだとよ。…ハッ、誰のお陰で国になれたと思っていやがる。国民のお陰だ。国民が望んだからだ。…それを切り捨てるような真似しやがって…」
眉を寄せたプロイセン。日本は沈黙した。
「…お前のところは民族が単一だから解らないかもしれないけどな、俺は元が国ですらなかったし、ひとによって作られた人造国家だ。その中にはスラブ人もいりゃ、ポーランド人もいるし、ルーマニア人、フランス人もいた。他国で差別され、弾圧に遭い迫害されて、居場所を無くして逃れてきた移民も多い。…俺はそんな「国」だった。だから、あいつのやってることが許せないし、理解出来ない」
プロイセンは息を吐く。
「…初めて、あいつを憎んだよ。殺したいとさえ思った」
あんなに愛おしくて仕方がなかったのに。…日本はプロイセンを見つめる。
「「家族」の情より、「国」としての「ドイツ」に対する憎悪と嫌悪ばかりが日増しに大きくなる。ゲットーにユダヤ人が連行されていくのを見るたびに殺意が湧いた。…気が狂いそうだった。「国」の自我と「人」としての狭間で」
「…ドイツさんを憎めば楽になれたのではないですか?」
「…そうだな。そう思う。…でもな、憎みきれない」
「…愛してるから?」
「愛じゃねぇ。…あいつは俺が望んだからいるんだ。それを殺せるものか。…情だったら、もっと良かった。俺はもっと簡単にあいつを殺せただろうさ」
嘯くプロイセンに日本は目を細めた。例え、情であったとしても殺せないだろう。プロイセンの本質は「慈愛」だ。銃口をドイツから向けられたのならば、簡単に打ち抜かれることを躊躇いもせずに受け入れるのだろう。それがプロイセンの望みだということを日本は知っていた。
「…ドイツさんはどうして、あなたが自分から離れて行こうとしているのか、理解出来ていないようでした。…そして、あなたがいなくなって、ひとが変わってしまわれた」
「…………」
「…平気でひとを殺すような方ではなかった。あなたがいなくなって、彼は慰みに簡単にひとをひととも思わず、手を掛けてしまわれるようになった」
日本は口を噤む。プロイセンは俯いたまま顔を上げない。
「…私の知っていた、不器用で几帳面な、ひとを気遣うやさしさのあった彼はいなくなってしまった。…若さゆえに時代の狂気に呑み込まれ、翻弄されるばかり…。そして、あなたは手を差し伸べず、振り払ってしまわれた。…破滅への階段を急ぎ足で彼は上っていくしかない」
日本は言葉を切り、プロイセンを見つめる。プロイセンは赤を上げ、日本を見やった。

「…何が、言いたい?」

「止めたければ、あなたはドイツさんのそばにいるべきでした」
日本の言葉にプロイセンは口端を吊り上げ、陰惨に笑った。
「…ハ、一度、あいつは落ちるところまで落ちるべきだ。あいつは一人前の国だ。もう、俺の手が必要なほどガキじゃねぇ。いつまでも、俺に甘えられてちゃあ困るんだよ」
「…でも、彼はまだ若い。あなたの手が必要でしょうに…」
「確かに若い。…だが、俺がガキの頃は生まれ落ちた瞬間から、奪い合い殺し合いだったぜ。…俺はあいつに全てを与えてやった。でも、あいつはそれに満足しなかった。…自分で始めたことだ。自分でケリを付けないとな。…俺はもう何もしない。俺が出来ることは、俺が愛したベルリンを一年、一日でも、少しでも長く生かしてやることだけだ」
悟りきった表情。日本は口端を歪める。
「…まるで、負けるかのような物言いをされる」
プロイセンはその言葉を捉え、赤を細めた。
「…この戦争はな、負ける」
「何故?」
「既に多くの人々が死に、家族を失った者は多い。悲しみは時を置かず憎悪になる。憎悪は予想もしない報いとなって我が身にいつか返ってくる」
「…それが、何だと言うのですか。それが、戦争でしょう」
「…ああ。そうだな。…俺はな、今、報いを受けている最中だ。…可哀想に。ドイツはその巻き添えを食らったのかもなぁ」
プロイセンは呟くと、日本を見やった。

「…お前は俺みたいになるなよ。これは忠告だ。さっさと適当なところで手を引け。同盟に殉じる必要はない。引き際を間違えるな。…いいな?」

日本を見つめた赤は酷く、悲しげな色をしていた。










「大丈夫ですか、国家殿?」