南へ逃避行
そのままそそくさと部屋を出るルートヴィッヒの背中をぼんやりとした様子でギルベルトは眺め、それから耐えきれなくなったのか腹を抱えて笑い出した。
「は、ははっ!あははは!!!やべー!超可愛いー!さすがだぜヴェストー!!」
ゲラゲラと笑うギルベルトに階下からロヴィーノが怒鳴り声を上げる。
「おらー!このジャガイモ二号機!パスタが冷めるっていってんだろー!!」
それに合わせるようにルートヴィッヒの声が聞こえた。
「もういい、ロヴィーノ。あんなの放っておこう」
ギルベルトが急いでベッドから飛び起きる。焦った口調で「ままま、待て!」と叫んだ。
「メシは残しておけよ!ってかヴェスト俺を放置とか!そんなプレイ推奨すんな!っあ、ああ!!」
階段を踏み外しギルベルトが転げ落ちる。
ぽかんとそれを見つめるロヴィーノと、慣れた様子でワインを注ぐルートヴィッヒの姿が対照的だった。
「大体なー、兄弟喧嘩に俺を巻き込むなよ」
ロヴィーノがトマトにフォークを刺しながら文句を言う。隣に座るルートヴィッヒはすまなそうに肩を竦め、対面するギルベルトはパスタに夢中だった。
「…すまない」
しょぼん、とした口調でルートヴィッヒが謝る。ギルベルトはその様子を見て不思議そうに首を傾げた。
「ん?なんでヴェストが謝るんだ?おい、ロヴィーノ!このパスタ超うめーな!」
空の皿をフォークで叩きおかわりを催促する。ギルベルトの態度にルートヴィッヒが眉を寄せた。
ロヴィーノは盛大に溜息を付いて大皿からおかわりのパスタを取り分けた。「ほらよ」とぞんざいに渡す。
がつがつと食べるギルベルトを横目で見て、ルートヴィッヒはロヴィーノに尋ねた。
「兄貴はいつここに?」
ロヴィーノがワインの口を付けながら「んんー?」と頭を捻って思い出す。
「朝早かったぜ。ええっと、6時くらいかな」
早いな、とルートヴィッヒが驚いて呟いた。うん、とロヴィーノが頷く。
「玄関叩いて俺を起こすんだもん。でさ、『ヴェスト来てないか?!』って大声で聞いてきて、俺すっげービビった。居ないって言ったら言ったで眠いとかぬかすし。仕方ないから客間貸してやった」
そうか、と言ってルートヴィッヒがギルベルトを見た。ギルベルトはワインを一気にあおっている。
ふと疑問に思い、ルートヴィッヒは再びロヴィーノを見た。
「兄さん…あ、兄貴はどうやってここに来たんだ?」
ん?とロヴィーノが首を傾げる。どうやら彼も分からないらしい。二人は揃ってギルベルトを見た。
ギルベルトがその視線に気付き顔を上げる。
「ああ、フランシスの車」
さらりと答えギルベルトはワイングラスを置いた。にやりと笑って答える。
「ヴェストが出ていった後どうしようかと思ってさ。んー、なんつうかヴェストはフェリシアーノちゃん家かロヴィーノの所に行きそうだと思って。でも車は一台しかなかったし、それをヴェストが乗っていっちまっただろ?だから特急列車に乗ってフランシスの家に行った。で、そのままあいつの車をちょっと借りたんだよ」
むう、とルートヴィッヒが眉根を寄せる。「他人に迷惑を掛けるな」と言うと、ギルベルトが肩を揺すって笑った。
「えー、いいじゃん。フランシスだって『しょーがないなぁ』って言ってたぞ。大体事前に携帯で連絡入れてたから問題ないって。ソレにアイツは車の中でずっと寝てたし」
ギルベルトの話に違和感を感じロヴィーノとルートヴィッヒが顔を合わせる。ギルベルトが続けた。
「俺は一睡もしないでフランシスの所経由でここに来た。で、北の方から順にヴェストを探してたんだけど見つかんなくて、ロヴィーノの所で力尽きたって訳。まぁ、ヴェストがここに来たって事はなんていうか俺の気持ちがヴェストに届いていたって事だよな。さすがヴェストだぜ!」
どうしても気にかかる部分がある。ルートヴィッヒが恐る恐る聞いた。
「兄さん、フランシスはどうしたって?」
ああ、と思い出したようにギルベルトが答える。
「だってヴェストと一緒の車で帰るのにフランシスの車を放置できないだろ?だから連れてきた。あいつなら今頃シチリアでバカンスしてるよ」
ルートヴィッヒが眉間に指を宛て首を振った。溜息を付いて呟く。
「そう言うのは拉致と言うんだ、バカ兄貴」
ギルベルトはそれを聞き、思いも寄らなかったと目を丸くした。
肩を竦めガキ大将のように笑う。
「でも謝ればいいんだろ?そんなの」
楽観的な意見にルートヴィッヒもロヴィーノも苦笑するしかなかった。
昼食を終え、ルートヴィッヒが後片付けを手伝う。ロヴィーノがソファーでごろんと横になるギルベルトを横目で見ながら「兄貴のことは躾けておけよ」と嫌みたらしく溢した。ルートヴィッヒが笑う。
「ああ、そうだな。休暇が終わったらちゃんと叱っておくよ。…ロヴィーノ」
ルートヴィッヒの呼び掛けにロヴィーノが顔を向けた。食器を洗いながらルートヴィッヒが礼を述べる。
「今日は、ありがとう。俺達兄弟の世話してくれて、本当に感謝している」
その言葉にロヴィーノは照れたように頬を染めた。「べ、べつに」と早口で捲し立てる。
「いつもお前等が大群で押し寄せて金を落としていくから、だからたまにはこれくらいのことをしてやってもバチは当たんねーと思ったんだよ。それにお前を捜すギルベルトの顔も超怖かったし、お前の顔が怖いのはいつもだし、その…笑ってる方が、怖くないんだよ…お前等は」
あはは、とルートヴィッヒが笑い返す。深く頷いて「そうだな」と答えた。
ロヴィーノが照れ隠しのようにぷいっとそっぽを向く。ルートヴィッヒが不思議そうに彼を見たが、ロヴィーノは視線をあわせないまま独り言のように言った。
「あーあー、どっかの兄弟がいるおかげでシエスタもできねーし、今日は最悪だなー。兄弟揃ってさっさとバカンスにでも行っちまえばいいのに!」
あっ、とルートヴィッヒが声を上げる。食器を手早く片付け、ソファーで横になっているギルベルトの頭を軽く叩いた。
「兄さん、ほら立てよ!いつまでここにいるつもりだ。大体メシ食った後すぐ横になったら牛になってアントーニョに刺されるぞ!」
おおう、と驚いたようにギルベルトがソファーから立ち上がる。
肩を竦めこちらを見るロヴィーノにルートヴィッヒが改めて礼を言った。
「ありがとう、ロヴィーノ」
へっ、と鼻を鳴らしロヴィーノがそっぽを向く。
「まったくとんでもねー野郎どもだな。いい迷惑だ」
一瞬置いて視線を戻し、ロヴィーノは口の端を上げた。
「…また、来るなら来てもいいけどよ」
ルートヴィッヒが笑って小さく手を振りガレージに降りる。ギルベルトは振り返り気味にロヴィーノに声を掛けた。
「またパスタ食いに来るぜー!」
べぇ、と舌を出しロヴィーノが「うっせー」と返す。
「タダメシなんて今回で最後だ、ばかやろー!」
ルートヴィッヒが笑い声を上げながら車に乗り込む。ギルベルトが助手席に乗ると車は軽快なエンジンを立てた。
手を振りガレージから出て行く車を呆れながら見送ると、ロヴィーノは大きな溜息を付いた。
「ほんとに何なんだよ、あの兄弟は…」
がしがしと頭を掻き、家の中へ戻ろうとする。と、車のクラクション音が背後から聞こえた。