タナトスあるいはヒュプノス
「そんなに言われる程、大層な味じゃねぇよ。母さんと師匠に教わった味だから・・・。高級な物を食べ慣れてるあんたの舌を満足させられるとは思えねぇし・・・」と言いながらも、嬉しそうに笑ってみせるエドに、ロイも微笑み返した。
「では、いただこうか」と、カトラリーを持ち、ロールキャベツを切って一欠け口に運ぶ。
デミグラスソースが染み込んでいながら、中の肉汁がじわりと広がる。
「うまい!」
ロイはおもわず感嘆を口にしてエドを見た。
エドは評価が気になっていたのだろう。カトラリーを持ちもせず、ロイを見詰めていたが、ロイの言葉に
ぱぁっと表情を明るくした。
「だろ?!よかった。久々にやったから、不味かったら責任もって完食しなくちゃなんねぇかなァって、ちょっとビビってた」と言うなり、パクンッと一口でロールキャベツを食べて、
「うん。ほへっへへんはいはぁ(俺って天才だぁ)」と頷いた。
それにロイも頷き
「本当に美味しいよ。五つ星レストランも顔負けな程だ。だが、意外だな。君がこれほど料理が得意とは・・・。それでいて何故、食に対する意識が薄いのかな」
ロイは手を休ませず、サラダにバケットとパクパクと食べていく。
紅茶も食事に合わせてあっさりとした味の物が選ばれており、口の中をすっきりとさせては再び料理の味を堪能させてくれる。
「ああ。錬金術って台所から発生したって言われるだろう?何をどう入れたら美味くなるか、味が丸くなるか、広がるかって考えるのは面白いよ。でも、旅の中ではそんなのやってる余裕なんて無い。前に、少しでも前に進みたいから・・・。時間がもったいないって思うから・・・。だから食べる事に意識が働かないんだ。アルにも注意されるんだけど、独りでってのも・・・・さぁ」と、最後の方はポツリと呟く様に言う。
弟のアルフォンスには肉体が無い。
魂だけが鎧に定着された状態で動いている。
それ故、眠る事も食べる事も必要とせず、又、出来ないのだ。
その弟の目の前で食事をする事に抵抗感と罪悪感があるのだろう。
「ならば、目的が果たされたあかつきには、君の料理を嫌になる程アルフォンス君に食べさせてあげたまえ。だが、今日は私が満足するまで食べさせてもらおう。おかわりだ」
ロイは空になった深皿をエドの前へと差し出した。
「おう!」
エドも嬉しそうに笑って、鍋の中をよそいにキッチンへ立って行った。
結局、作られた料理の2/3を、珍しい事にロイが平らげたのだ。
自分でもこんなに食べるとは思いもしなかったのだが、懐かしさを含んだ味が口に合ったのだろうと結論付ける。
「食後の珈琲くらいは私が淹れよう」と、ロイは司令部のものとは格段に味も香りもよい珈琲を手ずから淹れた。
「へぇ、意外と器用なんだなぁ、大佐」と、エドは出された珈琲を口にしながら感想を述べた。
「君もな」とロイも返し、互いに苦笑する。
ゆったりとした時間がリビングに流れた。
「さて。シャワーでも浴びて休んだらどうかね」
「え?いや。アルが待ってるから、宿に帰るよ」
互いの空になったカップをシンクで片付けるエドに帰ると告げられ、ロイは心の片隅に寒風が入り込んだ様に感じた。
「もう充分に遅い。一人で帰るのは危険だろう」
「あんたが統治してるこのイーストシティーは、そんなにも治安が悪いのかよ。そんなこたぁ無いだろ?
大丈夫だって」
「だが・・・」
ロイは秀眉を寄せて、困ったような表情を見せた。
それが迷い犬が向ける視線に似て見えて、エドは無碍に出来なくなってしまった。
「わ―――った。今夜はここに泊めてもらうよ。でも、アルには連絡入れときてぇ」
「ああ、了解だ。君が入浴している間に私が電話をしておこう」
「ええ?良いよ。自分で・・・」
「料理をしたりで疲れただろう?この位は甘えたまえ」
額髪を掻き上げる様にして頭を撫ぜると、少し首を竦ませながら頬を染めたが、直ぐに「ぐおぅ!背が縮むじゃねぇか!!」と、手を払いのけ「んじゃ、使わせてもらうな」と、浴室へと足を運んでいった。
着替え用にとシャツを出して置くと、ロイはアルフォンスへと電話を入れた。文献を読ませていて遅くなったので、今夜はこちらで預かる旨を伝えると『ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします』と頼まれ、「明朝にはそちらへ帰すから、安心したまえ。では、お休み」と返して電話を切る。
眠る事の無いアルフォンスは、今夜はどう過ごすのか・・・。気にならないわけではないが、一先ずは安心させられただろうと考えていると、「お先〜〜。わりいな」と、早々にエドが出てきた。
「君、ちゃんと洗ったのだろうな」と、つい説教口調になってしまう。
「ああ。俺、機械鎧だからさ。長く浸かってるわけにゃいかねぇんだよ。ま、元々『鴉の行水』って言われてたから、どぉって事ないけどな。で、どうぞ。空いたよ」と、金髪をワシワシとタオルで拭きながら言ってくる。
貸したシャツの裾から、ほっそりとした膝上がチラリと覗き、心ならずもドキリとロイの心臓が跳ねた。
“ばか者。彼は男だぞ。何をときめいて・・・”
と、己を叱り飛ばし「ゲストルームを使いたまえよ」と言って、ロイも浴室へと足を向けた。
ゆっくりと浴槽に浸かり、一日の疲れを流したロイが出てきた頃には、日付が変わっていた。
エドワードが眠っているかとゲストルームを覘いてみると、ベッドに横になった形跡すら無い。
“鋼のの奴”
つい舌打ちをして書斎へ行ってみると、思った通りにそこには小さな姿があった。
先程崩した山を綺麗に元通りに書架に戻し、新たな本が数冊足元に置かれている。
「今日はその位にしたらどうだ?根を詰め過ぎるのも君の悪い所だぞ」と声をかけたが、本の世界に入り込んでいるエドから反応が無い。
ロイはフゥ〜と息を吐くと、ツカツカと歩み寄り、こらっ! と背後からエドを羽交い締めにする。
「うわっ」と、文字通り飛び上がりかけた身体は、鍛えられた大人の身体によって動きを封じられる。
「いい加減にしたまえ。今日はここまでだ。私の蔵書は逃げないし流出させる事も無い。また帰ってきた時にでも見せてあげるから、今夜はもう休みたまえよ」
そう言いながら肩に担ぎ上げると、ランプの灯を落す。
「やっ、興奮して眠れねぇんだよ。ここにある本。発禁になった物から絶版もんまであるからさ。なるべく見ときたくって・・・」
「よく眠らないと育たないぞ。そうか・・。だから君はちっさいんだな」
「ぎゃぁ〜〜!ちびっていうなぁ!!」
ポカポカと背中を叩かれるが、片手で充分掴みきれてしまう細腰ではロイの拘束から逃れる事は出来ない。
「眠れないなら今夜は一緒に寝てやろう。おまじない付でね」
ロイは自分のベッドルームへと向かい、ダブルベッドの上にポスンとエドを転がす。
捲れたシャツの裾から小さな尻が見える。
日に焼けていない白い肌はひどく柔らかそうで、淫靡なものを感じさせた。
ロイは視線を無理やり外すと毛布を掛け、エドの横に身体を滑り込ませた。
「まじない?」
顔を傾けてロイの目を覗き込むエドに、湧き上がりかけた欲情を悟られない様に軽く咳払いをし
作品名:タナトスあるいはヒュプノス 作家名:まお