Goodtime,Badtime
「…え」
「あ?」
キレイに予測の方向性を外されて一瞬隙を見せてしまったのが運の尽き。この大人、こ
ういう所に付け込むの、巧すぎる。…いや、褒めてないから。
「ちょ…!何だよそれ!」
大佐は満面の笑みを浮かべたまま、いまだ事態が飲み込めず固まっている弟の手を引い
てさっさと立ち上がらせようとしている。
取りあえず状況にはまだついて行けてないが、悪い大人に攫われかけている弟の危機
(私情含)に、半ば条件反射で兄は立ち上がった。
「今日、本当なら宴会があった筈なんだが、予約を入れていた店が先日ボヤ騒ぎを起こし
たとかで臨時休業で中止になってしまってね。修まりのつかない連中が今夜うちに押しか
けてくるらしい」
ほら、と背中越しに指で示す先に、修まりつかない連中でーす、とのん気に数名が手を
あげている。
・・・まぁ無駄に広いもんな、大佐の家。独り身の癖に。
リビングも広いし、皆でわいわいやるには結構いい穴場ではあるだろうけど…って、納
得してる場合じゃない。
そうこうしている内に上司の魔の手は弟に伸びている。
まだ流石に状況に戸惑っているアルフォンスに向けては、無駄にきれいな満面の笑みを
浮かべて笑いかけて見せた。とっておきの餌付きで。
「実は残念ながら中尉は今から泊まりで出張でね。その間、ブラックハヤテ号を私の家で
預かる事にしたんだ。遊び相手になってやってくれると喜ぶと思うんだが」
ついでに時間潰しに私の書斎も好きなだけ提供しよう。
「じゃそういう事で兄さん報告書(と始末書)思う存分頑張ってね!」(一息)
「早!」
ギャーこの裏切り者ーッ!
悲痛な兄の叫びも、好きなだけ稀少本とブラハと戯れられるという誘惑にあっさり負け
た弟には届かない。
いそいそと、あ、トランクは持っていっておくからね!と弟は即時撤退の構えだ。
「ずるいぞアル!兄に全部押しつけて自分は本に犬に好きな事三昧!」
「頑張って直したし、ちょっとくらい良いじゃない!第一兄さんは街で暴れてストレス
解消できたでしょ!?」
「その言い回し微妙に人聞き悪ぃ!てゆーか好きで暴れてる訳ねーだろ!」
「そこホントに信憑性ないよ兄さん」
そこだけ素で返されてとっさに反論出来ず、う、と言葉に詰まった。
鎧の面に表情が浮かぶわけはないが、物凄い胡乱気なカオをしている気配をひしひしと
感じる。
・・・確かに最初から体勢は不利だったが、もうここまで来たらムシだ、ムシ。
「大佐の蔵書なんてクソ怪しいもん、そうほいほい見れるチャンスねーだろ!オレも連
れてけ!」
うわ、ホンネ出た。
直球勝負に切り替えてきた兄の台詞に弟はぐらりと揺れた。
というか本人の前で言うかな、そういうこと。
駆け引きも何もあったものじゃない。予想外の連続に兄もテンパっているんだろうか。
ちらりと、その言われている怪しい蔵書(推定)の持ち主の様子を伺うが、本来なら聞
き捨てならない台詞も混じっていた筈だが、その程度まったく気にした様子はない。
そんな兄弟の様子を面白そうに眺めていた彼は、くりん、と背後に佇む副官を振り返った。
「ということで中尉、駅まで送っていこう。ハボック、車を」
「了解ッス」
ピ、と敬礼を一つ残し、長身の尉官が退室する。それを見送りながら、ではとファイルを
手にホークアイも席を立った。
ぶー、とふて腐れているエドワードの方へ少し歩み寄ると僅かに柔らかい笑みを浮かべる。
「ごめんなさいね、エドワードくん。決裁書類とか溜まっていれば止めようもあったんだ
けど。ここしばらく真面目にされていて、もうほとんど残ってないの」
「ほとんど?」
「エドワード君の書いているそれが最後よ。しかも期日は明日の朝」
という訳で、ないのよね、定時上がりを止める障害。
ゴン
「あ」
沈んだ。
TKO、出たモヨウです。合掌。
作品名:Goodtime,Badtime 作家名:みとなんこ@紺