Return to the dream
2.
振り返ると、牧場主たちが抱き合いすすり泣いている。
本多もふたりに掛ける言葉が見つからないようだ。
「ちょっと聞きたいんだが……」
「なんだね、カスケード?」
「あれは……吊るしてないと駄目なのか?」
「ああ? そうだね、マキバオーほどの重症馬の治療法としては、理に敵っている」
マキバオーの眠りを妨げないよう、厩舎の外へ全員を促すと、本多は難しい顔で話し始める。
自重を支えるために折れていない脚へ負担が集中すると、血行障害により蹄に蹄葉炎を発症する可能性が高い。
蹄葉炎は蹄が腐敗する病気だが、その毒素が全身に回ると高い確率で死亡する、馬にとっては恐ろしい、けれども珍しくない病である。
だから、ハンモックに吊っていること自体は間違ってはいない。
「……ただ、皮肉なことに今度は体の血行が悪くなる。あの状態じゃ食欲も落ちるばかりだし、難しい状況にあるのは確かだ」
「……きっともう、弱っていくばかりなんだ。あのテンポイントだって、最後には――」
「やめんか、若ぞう! 今と昔じゃ医療技術だって違う。マキバオーは助かる! あいつは負けねぇ!」
涙にまみれた若者の胸倉をつかみ、怒鳴り散らしながら源次郎も泣いている。
「やめなさい、飯富さん。あなたたちが仲違いしたら、マキバオーも悲しむ。三枝くん…だったか。今我々に出来ることは、マキバオーの治癒力を信じてやることだけだ。希望を捨ててはいけない」
「俺だって信じたいですよ! でも、回復の兆しもない、日に日に体重だって軽くなる。何に希望を持てって言うんですか!?」
とうとう膝を折り、地面に伏せてしまった三枝は、長身を丸めて号泣した。げっそりとやつれてしまった様は、日々マキバオーの容体を見守っていたせいだろう。限界はマキバオー本人だけではなく、人間の方にも来ている。
「……俺は馬だ。人間の馬医者が良かれと思ってしている治療のことはよく分からないが、一度あのハンモックから下ろしてみちゃどうだ?」
カスケードの提案に、人間たちがいっせいにこちらを見た。
「し、しかしカスケードよ。マキバオーは両前脚を骨折しているんだぞ? 3本脚で体を支えることすら困難なのに――」
「知ってるさ。でも、あいつは元々、後ろ脚だけでどこでもうろついていただろう?」
蹄葉炎だのなんだの、そう心配することもないんじゃないか――そう続けようとしていた言葉は、必要なかったようだ。
こちらを見つめる本多の目は皿のように見開かれ、三枝は鼻水をたらしたままアゴを外していた。源次郎にいたっては、盛大にステテコを小便で濡らしている。
「――――早く下ろしてやれ……」
ため息とともにカスケードが顎をしゃくると、三枝と源次郎が風よりも早く厩舎へ飛んでいった。
「……これは、なんというか。意外な盲点だったな」
驚愕から立ち直った本多がカスケードに向かって苦笑した。
「どいつもこいつも、気が動転してたんだろう」
「動揺もやむなし、だ。同じ馬のお前にこんな話をするのは酷だが、普通ならドバイで殺処分してやるべきほどの重症だったんだよ」
「普通の馬ならな」
「そう……まさしく普通の馬なら、だ」
マキバオーとベア何とかという珍奇な二頭のカスケードの同輩たちは、どんな体の造りをしているのかは謎だが、人のように後肢だけで歩いて生活をしている。
ならば馬の治療法にとらわれず、人と同じ処置でよいのではないかとカスケードは思ったのだった。両腕を骨折しただけで、人間がハンモックに吊るされての治療を必要としたりはしないだろう。
作品名:Return to the dream 作家名:ぽち