恋文
「で、その手紙どんな風に書いてあったの?」
前言撤回! 何そのくるっと回って興味深々なカオ! 他人宛の『ラブレター』の中身を聞いていいのは谷口ぐらいの阿呆だけだ、当然人の書いた手紙を見せるようなヤツだって俺はお断りだぞ。
古泉は心底から嬉しそうで少し残念そうに見える笑顔を「作った」。
「これは誠意のこもった手紙ですから、書いてくれた彼女に配慮をしたいと思います。団長のお願いと言えども、僕の気持ちとしてはお見せできかねます」
「うーん、そうよね。告白する方の気持ちになった事がないんだわ。ごめんね」
「いいえ。僕ももし自分以外の"誰か"が手紙を貰ったとすればその内容が気になって仕方ないと思います」
「誰か」、でチラリと俺の方へ黒目を寄せる。そこで俺の話出すな。上手い受け答えしてると思ったのにこいつはわざわざ矛先を俺に向けて、何がしたい。
「涼宮さん。今日は彼に相談事をしたいと考えていまして。お先に失礼してもよろしいでしょうか?」
「男同士の話ってやつ? ん……くふ、キョンに相談しても無駄だと思うわよ? ……く! あははははははっ」
鶴屋さんばりの大爆笑。何がツボに入ったのかは知らんが、俺が笑われている事ぐらいは理解できる。
「キョンがね、キョンが告白の断り方を考えるってドリフにも吉本にもない斬新なコントだわ」、だとよ。古泉はそれをニコニコと眺めている。
ハルヒが笑っている姿は古泉にとっては喜ばしいものだろうからな。
「まぁ、いいわ。存分に話してらっしゃいよ」
ハルヒの大爆笑がひと段落つくと、一言吐き出すように許可が下りた。
「ありがとうございます。それでは、勝手ながら失礼致しますか」
「オッケーオッケー。古泉くんの一大事だもんね。キョン、純真な古泉くんに余計な事吹き込むんじゃないわよ? あ、みくるちゃん。笑いすぎて喉渇いちゃった。お茶のおかわりお願い」
「はーい。冷たいのがいいでしょうかぁ?」
忙しい奴だ。古泉も人の許可得ずに勝手に俺を早退に巻き込むな、と抗議したいが本来から俺の件だから仕方ないか。
目の前のボードゲームが優雅な手つきで箱に仕舞われて消える。ボードゲームの箱が棚に運ばれた辺りで立ち上がると、古泉は振り向きついでに俺の鞄を担ぎ上げていた。やたら仕事が早い。
「では、いきましょうか」
椅子を収めると、そこで視線があった古泉は予想通りのウインクをした。日頃から気色悪い奴だと思ってはいたものの、そのウインクもアイコンタクトの一つなのか。
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俺達は適当な喫茶店に入った。古泉がオゴると言うからありがたく。最も奥まった席を選んで座ると、古泉はメニューを開いてこちらに見せる。
「それじゃないだろ」
「ゆっくりお話ししましょう。焦る事はありませんので」
目を細めて涼しげに笑っているが、俺の見立てではこいつは笑っていない。むしろ事の当人となり気が気でない俺よりも落ち着きがない印象すら抱く。焦る事はありません、というのは自分に言い聞かせているものかもしれないな。
「じゃあ、アプリコット」
「うん……僕もそれを頼んでみましょうか」
「長門がよく頼むよな。これ」
「ああ。そうでしたね」
「好きなのかね」
「そうなんでしょうね」
生返事ばっかりだ。腹の底で何を考えているのか解りかねる。あまり善くない事態になりそうな気がする。手を上げてウェイトレスを呼び、アプリコット二つにこっそりプリンを頼んでみた。気づいてねーな、ホントに。ちゃんとプリンも二つ頼んでやったから安心しやがれ。
「んじゃ、手紙返してくれ」
古泉がくっと俺を見た。慌てて笑顔を作ってな。一瞬見開かれた目がすうっと細く穏やかに引き締まる。 SOS団随一の観察眼を誇る俺の前で考え事とは、随分なめられたものだ。
「この封筒でしたね」
まるでこれからマジックでも行うかのように優雅な手つきでブレザーの内ポケットから手紙を取り出してくる。細い指先が器用に封筒の先をつまんでいる。が、手紙を取り出したポーズのまま少しばかり不思議そうな顔して俺を見つめるだけなので、取り上げてやろうと手を伸ばす。
ヒョイと古泉の手と封筒は俺を避けていった。
「おい」
なんだってんだよ、こいつ。今のお前にはまだ関係ないだろ? じゃなくて、その手紙に書いてあるのは俺の件ではなくてお前の件である可能性すらあって、お前が心配するような事は何もないと思うのだが……俺も何かがあったとてお節介焼くつもりもない。
「読まれる前に、聞いておきます」
「なんだよ」
いやに冷たい目つきだ。冷笑とでもいうのか。実際には笑いたくもないといった雰囲気で、指先の手紙をバランスよく支え、自らを飾るように掲げた。
「この手紙をくれた女子生徒に対して、あなたはどういった印象をお持ちになりましたか」
「何の心配してんだお前?」
「涼宮さんの心配です」
なるほど。俺=モテないと思い込んでいるハルヒの前で、俺が女生徒と付き合うような事があったとすれば、予想を裏切られて動揺するハルヒがどう出てくるものか判らない。俺とハルヒの周辺にイレギュラーな変化を起こさせたくない、という事なのだろう。
俺がハルヒの鍵だのなんだのって面倒な話もあったか。古泉はそういう関係でハルヒの監視だけでなく俺のサポートも請け負っている筈。サポートというよりは余計なお世話だ。こういう個人事情も古泉にまわすと厄介事になる事をすっかり忘れていた。
「大丈夫だ。お前が心配しているような事は一切無い。それどころか、まだその手紙に何が書いてあるのかなんて判らないだろ? お前が思っているようなものじゃないかもしれないぜ」
「……お察しが早くて助かります。もし、あなたの心が揺らぐ事があったとしても、出来ればその初心貫いて耐えていただきたく思っていますが」
「わかってるよ」
「えらく不機嫌そうですね」
それはお前だろうが! 思わずツッコミ返すと「当たり前です」などと言うじゃないか。なんとも言えずウザい。男友達に浮上したコイバナに小姑みたいに首突っ込んでくんじゃねえよ。
「本当にお付き合いしたいだなんて考えていませんよね? 本当に本当に」
「本当に本当だ。お付き合いは考えてない。それが素晴らしくよくできた文章で作られ筆舌しがたい魅力を感じさせる手紙だったとしても、有り得ん」
「これはこれは。とても強い精神力をお持ちのようで、僕としては非常に喜ばしいです」
「古泉」
「なんでしょう」
流石に俺からの反撃が来ると思ったのだろう、顎をひいて身構えやがった。上目遣いの視線が俺を睨みつけている。まぁ、これだけ信用されてない風に振舞われると俺だって多少どころか相当に苛立つさ。けど、こんな事情でキレちまうのはちょっと大人気ない、恥ずかしいじゃないか。
ラブレター一つに目くじら立てざるをえない程に余裕のない古泉など、傍目に見ても凄まじく恥ずかしい事になっているだろう。もしもこの席での一部始終を見ている人間が居たとしたらだがな。
「その手紙、思うに俺宛じゃないぞ」
「……はい?」