歩んできた時間
酷く体が熱い。
あまりの寝苦しさに目を覚ます。
起きようとして妙に体が重い事に気がついた。
(風邪だ…。)
久しぶりに風邪をひいた。
日本の景気はまた悪くなったのだろうか、それともただ不摂生がたたっただけなら良いのだけど。
私は手を伸ばして枕元に置いてあったケータイを掴む。
かける番号を間違えないようにと、クラクラとする頭で気を付けて操作した。
「もしもし、ハイ。・・・すみません、今日のお約束をお断りしようと思いまして…。」
少し甲高い声で文句を言われ、苦笑しつつ見えないのに頭を下げた。
「風邪を、ひきました。」
「邪魔するある。」
スパンッと良い音がして、襖が開いて中国さんが現れた。
私は驚いて目を見開く。
「な…。」
「全くお前はほんと仕方ない奴ある。」
どさっと腰を降ろした中国さんはすぐに鞄から桃と果物ナイフを取り出してむき始めた。
「どうせ朝から何も食べてないあるね?コレでも喰うよろし。」
桃の汁がボタボタと畳に落ちてシミになっている。
私は一気に疲れが増して、力無い笑みを浮かべた。
「先ほど、今日は風邪をひいたのでお約束はお断りしたはずですが・・・。」
「だから、看病しに来たある。」
きっぱりとそう言われ、私は「ありがとうございます…。」と言うほか無かった。
「お前は昔から我慢し過ぎね。もう少し肩の力を抜くある。」
「え?」
聞き返すと、優しく微笑まれた。
「兄をもっと頼るよろし。」
桃を頂いて、中華粥まで作って頂いて。
二人で昔話をした。
穏やかな時は疲れた体を癒し、眠気を誘う。
「ゆっくり、眠ると良いある。」
サラリと髪を撫でられる感覚に私は目を閉じて夢の中へ落ちた。
******
『兄さんは俺を許す気は無いんだね。』
今にも泣きそうな笑みは私の胸を抉った。
「そんなことない。」と、言ってやれない自分の無力さを知る。
私は怒っていた。
彼の姿にかつての自分を重ねたのか、それはわからないけど。
彼は間違いなく貴方の役にたとうとしていた。誰よりも。
それなのにその気持ちを先に踏みにじり、謀反だとして討伐を命じた。
「…『あれ』は死んだか?」
「・・・。」
その男は私の顔を見るなり笑みを浮かべそう言った。
私は唇を噛みしめ睨みつける。
「何だ?怒っているのか?」
「・・・。」
何と言えばこの怒りが相手に伝わるのかわからず、黙る。
「俺から本気で逃げ切れるとでも思っていたのか、あいつは。滑稽な奴だ。」
馬鹿にしたように笑うその男に、私は悔しさで涙さえ出てきた。
「…立派な最期でした。」
「ふん。」
「何故、許されなかったんですか?」
「許す?この俺がか?馬鹿なことを言うな。」
男は心底呆れたように私を見た。
「俺は『許された』からこそ、生き延びた男だぞ。」
確かにそうだ。
幼い兄弟は生かされた、だからこそ復讐を遂げることができた。
けれど、やはり許せない。
「貴方のために良かれと思って動いたのですよ。」
「だが、俺の命に背いた。」
「でも、」
「煩い奴だ。さっさと消えろ、お前は国の出来ごとに口を出すな。」
悔しい。
私が『国』でなければ、こんな奴ぶん殴ってやる。
そんな物騒な考えが浮かんで、私は慌てて首を振った。
男の元を去ってしばらくして、彼の首があの男のもとへ届くと言う知らせを聞いた。
正直もうあまりかかわりたくは無かったが、あの男がどんな顔で自分の弟の首を見るのか気になり、そっと忍びこんだ。
私は男の顔を見て驚いた。
男は声を押し殺し泣いていた。
「俺に、逆らいさえしなければ、良かったのだ…。」
力無い呟きはもう動かない相手への哀願のように聞こえる。
私が相容れぬことなど出来ない強いはずの絆のなんともろいことか。
今なら言える。
貴方の兄は本当は貴方のことを許してあげたかったのだと。
******
目を覚ます。
起き上がった体はだいぶ楽になっていた。
中国さんの姿はもう無い。
きちんと礼を言えぬままに家に帰してしまった。
「兄さん…。」
夢の中に出てきた悲しい兄弟を思い出して、目が潤む。
どうにも熱が出ると涙腺が緩むようだ。
スパンッとまたすごい勢いで襖が開いた。
驚いて見ると、もっと驚いた顔で中国さんが立っていた。
「い、いいいい今、なんて言ったあるか??」
「え?」
「『兄さん、寂しい。』そう聞こえたある!」
「それは空耳です!!」
絶対言ったと言い張る中国さんに苦笑して、夢を思い出す。
貴方も、中国さんくらい広い心を持つ兄であれば良かったのに、と心の中で呟いた。