誘導と選択
酒場は今夜も盛況らしく、がやがやした様子が聞こえてきた。
この城の男どもは血気盛んなものが多く、酒場には夜遅くまで明かりがついている。
スウォンが中をのぞいてみるといつもどおりほぼ満席で、酒やら食べ物やらがあっち行きこっち行きしている。軽く見回すとカウンターが開いていたのでそこに座る。
「おやスウォン。仕事はもう終わったのかい?」
酒場の全権を任されているレオナが、注文を取りに来たのか、カウンター越しに話し掛けてきた。
「ええ、ようやくね。」
「何を飲む?今日は結構いいものそろってるよ。」
「や、とりあえずつまめる物ください。空腹でお酒なんか入れたら、それこそここで寝てしまいますからね。」
「はいよ。」
食べ物を取りに行ったレオナを少し見つめた後、何となくスウォンは酒場の様子を眺める。
すると、彼の耳に聞き覚えのある声。
「…ビクトール…悪いけど今日は勘弁。グレミオが待ってるだろうし…」
「…そうか?お前を待たしときゃ、うちのリーダーも喜ぶと思うんだけどな。」
「いや、それはないと思う。」
若草色のバンダナに赤い服。
温和な声に漆黒の髪。
「ウィルさん!」
思わずスウォンが駆け寄る。
「ほら、噂をすれば何とやら。」
ビクトールがスウォンを指差した。三年前の解放軍リーダー、ウィル・マクドールが振り返る。
「スウォン…」
「もう帰っちゃったかと思いましたよ!よかったー!」
スウォンにがっちりと腕をつかまれ、ウィルは結局今夜は一泊かなと軽く嘆息した。
「へぇ、軍師さんも熱心だね。」
「そうなんですよ…毎日毎日仕事たっぷりで…
おかげでウィルさんとこにも滅多に行けないし…リーダーって大変ですよねー。」
はぁーと盛大なため息をついた後、今度はウィルのほうを向いて嬉しそうな顔をする。
「でも、あなたがまだいてくれてよかった!下手すると会えませんでしたよ。」
くるくる変わる表情を見ながら、ウィルは近所で飼ってた犬を思い出した。
誰にでも尻尾を振る、番犬には一番向かないタイプの犬だった。
「ほら、リーダー飲め飲め!!」
向かいに座っているビクトールがスウォンのコップに酒を注ぐ。
カウンターの席からウィルの隣に移動したスウォンは、すかさずこう言う。
「ビクトール、ウィルさんにも注いであげてよ。」
「いや、僕はいいよ。散々飲んだし…」
「いいからお前も飲めよウィル!」
すっかり出来上がっている様子のビクトールはウィルのコップにも酒をなみなみ注いで上機嫌の様子だった。ビクトールの隣のフリックは自分のコップに注ぎ足し、ちびりちびりと飲んでいる。
フリックはどちらかと言うと酔っ払うと多弁になるか無口になるかのどちらかだったが、もう少し飲むと泣き上戸になることを思い出し、ウィルはくすりと笑う。
「何かおかしいですか?」
スウォンが見上げてくる。なんでもないよといって、ウィルがふわりと笑う。
酒場の騒がしさなんかその笑顔で吹っ飛んで、ノックアウトされたスウォンがこんなことを言い出した。
「飲み比べしませんか?僕が勝ったら明日一日僕とデートしてください。」
「…えーと、一日付き合えってこと?大体、明日も仕事があるんでしょ?」
「ウィルさんが勝ったら、ウィルさんの言うこと一個僕が聞くってことで。」
ウィルの心配をスルーしてスウォンがへらりと笑い、コップの酒を一気飲みする。
どうにも、スウォンの中ではもう勝負が始まっているらしい。
「ウィルさんは何して欲しいですか?」
お互いに三杯目を飲み終えて、急にスウォンがきいてきた。
「何もいらないよ。」
ウィルがそう返して、もういっぱい飲みほす。
「僕が勝ったらご褒美があるのに、それじゃ不公平じゃないですか。」
「いいの。」
「…じゃあこうしましょう!
ウィルさんが勝ったら、一日僕がウィルさんとデートします!」
「……それじゃ同じじゃないか。」
心底嫌そうな顔をした後、可笑しくなってウィルはくすくす笑った。
「それで、僕がウィルさんを笑わせまくります!」
「そりゃいいね。」
こぶしをぐっと握り決意を新たにしたスウォンが、ぐぐっと酒を飲みほした。