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誘導と選択

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 ビクトールがいつのまにかテーブルに突っ伏し、フリックが部屋まで連れて行くと席から抜けた後、酒宴は波がひくようにお開きになって、数人の兵士達とスウォン達だけが酒場に残った。
 だいぶスウォンは自分の限界に近づいてきたらしく、少々眠気が襲ってくるのを何とかこらえている。ウィルはと言うとほんのり頬が赤いが、生粋のザルの為(たぶんテオから遺伝)まだまだいけそうな様子だった。
 そんな中、急にウィルがポツリとスウォンにたずねる。

「その紋章は、君の憎しみの対象にはなりえないの?」
「…ふぇ…?」
 呂律がまわらない様子のスウォンにウィルが苦笑する。
 さすがにそろそろ限界かと思い、ウィルはもう一杯自分とスウォンのコップに酒を注いだ。
「…これで終わりにしようか。」
 ウィルはスウォンに自分の酒がなみなみ入ったコップを見せ、それを飲みほした。
 スウォンも同じようにコップに手を伸ばすが、何か小さな声で呟いた後、コップに手をかけたままぱたりと突っ伏して眠ってしまった。

 規則正しい寝息を聞きながら、ウィルはとりあえずこの少年を部屋まで連れていこうと、立ち上がって彼の体を持ち上げるようと試みる。意識がない人間は通常よりさらに重いらしいが、意外にすんなりと城主を持ち上げて、ウィルは酒場を後にした。
 石の廊下は人の声がないと随分靴音を響かせるなぁと思いながら、ホールに出る。約束の石版の前にはルックがまだ立っていた。

「あれルック。もう寝てるかと思った。どしたの。」
「お前が今夜は泊まらずに帰るとかぬかしていたから起きてんだよと怒鳴りたい自分を全身全霊で抑えている。」
「あーにゃるほどにー。」
 やる気のない声でウィルが応答すると、ルックの額に青筋が立ったのが暗がりでもわかった。

「ルック、親切ついでに彼を部屋まで運ぶの手伝ってくれない?」
「貴様何様のつもりだと蹴りたい気持ちを一生懸命自制している僕にこれ以上仕事をさせるな。」
「あー冷たいなー。あーどーしてこんな人優しいとかその場の感情ででも思っちゃったんだろう僕。」
 棒読みで皮肉を返すと、風の紋章使いがさらに怒りを青筋二本で表現する。
「…ウィル……!」
「ごめんね。」
 急に穏やかな声で応答するウィルに、ルックが皮肉を飲み込んだ。
「…どうにもこの子とかビクトールとかフリックとかを見てるとさ、人を食べちゃうかもしれない恐怖も、長居しちゃいけないって心配も、全部どっか行っちゃうんだよ。」
 暗がりで彼が痛々しく笑った音が、ルックには聞こえたような気がした。
「僕が勝負に勝ったから、彼は明日一日僕を笑わせたおしてくれるんだって。
 暖かいよね…ここは。」
 じゃあ、といって、ウィルがエレベーターに向かおうとすると、ルックがスウォンの体を支えた。
「………今僕は自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れかえっているから話し掛けないでくれ。」
「ルックん親切―。」


 スウォンをベットに寝かせた後にもう一波乱。
 なぜかスウォンがウィルにがっちり捕まって離れない。
「…まさか起きてる?」
「そしたら僕はこいつをぶっ飛ばしてやろう。」
「しょうがないからここで寝るよ。」
「……ほんとに離れないのか?」
「無理に引っ張ったら体が痛くなるだけかと。」
 不機嫌そうな顔をしながら、ルックはお休みといって、指をぱちんと鳴らしてテレポートでどっかに行ってしまった。
 無理がない体勢にしながら、ウィルはベットにもぐりこんだが、どうにも体の密着具合が気になって試行錯誤する。あきらめてスウォンにぴったりくっつくと、酔っているので温かい体温と心臓の規則正しい音に少し安心感を覚える。
「テッドともこういう事、一回あったなー…」
 目を瞑ると、自然と眠りにつくことが出来た。

作品名:誘導と選択 作家名:きゅう