可愛い女になりたかった
「美人は得だよねぇ」
しみじみとした呟きのあとに、ポッキーの折れる音が放課後に響く。声はクリーム色なのか白なのか判断に悩む壁に跳ね返って、ひなたの膝に落ちた。なものだから、うつむきながら言う。
「そうだねぇ」
クラスメイトが見ているのは、部活動でにぎわう校庭だ。先ほど、ちょっとしたイベントもどきがあった。学校で一番綺麗だとうわさされる先輩が、サッカー部の練習をそれは熱心に見つめていたのだ。塾があるのか、時計を確認して慌てて走っていく後姿も、やっぱりとても綺麗だったから、気持ちは分からないではないけれど。ひなたは、ため息をつきたい気持ちとそして野球部じゃなくて良かったな、という気持ちを押さえられない。
男の子は、残酷なまでに分かりやすいよなぁ。
ポッキーはとても美味しいけれど、沈む気持ちは変わらない。グラウンドが、いっぺんにざわついた。あの華やぎは、美しい女の子にしか出せないのだと、空気全部で伝えてしまったのだ、ヤツらは。あーあ、と思った。あーあ。
「……いいなぁ」
ぼんやりとした呟きに、窓の桟に頬杖をついていたクラスメイトは、カリカリといい音をさせてから同じくらいぼやけた声を出す。
「ひなはかわいいよー」
こちらを見ない横顔に、ススス、と椅子ごと近づいた。
「まっちゃんこそさー」
「なんだよー」
肘でつつきあいながら、クスクスとしのび笑いを漏らす。こうなってしまったらグラウンドなんてどうでも良くなってしまうから不思議だ。立ち上がって伸びをする動作が二人おんなじタイミングだったのでますますおかしくなる。くすぐったい気持ちで、「アイス食べよっか」とか言いながら、帰る支度をパタパタとどこか駆け足で始めた。そういうのは自分たちばかりじゃなかったようで、それから数日間、サッカー部の観客の数は目に見えて減っていた。
(……綺麗だなぁ)
砂色の記憶と感慨がごっちゃになる。白い、陶器のような頬のラインはいっそ芸術的だ。触れてしまえば壊れてしまうか、切れてしまいそうで、黙り込む零の横顔の気持ちが判るような気がした。香子は、再び立ち尽くしてしまったひなたに訝しげな視線を向けた後、ふと何か思い出したような光を目の中に宿すと、また川べりに背を向けた。だからこそひなたはしんとした横顔をじっと見ることになったのだ。興味がない、と全身で言われている。それはいっそ、恐ろしいものだ。零と一緒にいるときの炎のような空気とはまた違う、冷たさだった。恐れ、次に怒りが来て、そして今度は違和感を持った。ひなたはこっそり首をひねる。
(お姉さんなのに)
そうして思いついた言葉に、納得する。うつむきがちの睫はただ長く、それだけだ。こちらを見ない。あかりがもしもひなたと仲の良い人に偶然道で見まえたとしたら、それは嬉しそうに目を輝かせるだろう。「うちのひなたがお世話になって」とか、言う。お姉ちゃんは、平気で言う。その光景はひなたには容易に取り出せるものだ。そんなことを言いつつも、ひなただって桃が保育園で仲良くしている子に会ったとしたら、やはり話しかけてしまうだろうけれど。
でも、この人は違う。
鉄橋の影が、今日はなんだかやけに濃く感じる。だから香子の顔も、妙に真っ白に見えてしまうのだ。ひなたはそう自分に言い聞かせようとする。視線の先の香子は、まるで人形のようだ。
興味が無い。関係ない。
歯がゆくてなんだか爆発しそうだ。原因なんて分からないのに何でこんな気分になるんだ。ひなたは八つ当たりじみた気持ちでようやく足を進める。ずんずんと力強く歩いて、今度こそ香子の前を通り過ぎようとした。そっちがそのつもりなら、そのまま会ってなどやるものかと思った。
「ねぇ」
作品名:可愛い女になりたかった 作家名:フミ