Secretary
少女
学校が終わって友達と別れたゆかりは一人、メトロの入り口のある方へ向かって歩いていた。
月に一度、シブヤに隕石が落ちた日に決まってある家へ行く。行ってそこで誰かが待っている訳ではない。会わなければならない人がいるのだけれど、その人たちはずっと帰ってきていないのだ。
その家に住んでいた二人は…正しくはその主人の方だが、彼は数年前、重病を患った母親を助けてくれた。でも彼が助けてくれたことは母親には内緒だったので、ゆかりはちゃんと自分一人でお礼を言おうと思っていた。
二人と最後に会ったのは、今ではすっかり元気になった母親がまだ入院していた頃だ。病院に?先生?を迎えに来た?ごろうちゃん?と、手を繋いで中庭を散歩しながら話をした。?先生?が病院から出てきたのを見つけると、ごろうちゃんは視線を合わすように腰を屈め、
「今度、遊びにおいで」
と言ってくれた。
実際にゆかりが先生と吾郎の暮らす町へ出かけたのは、母親が退院して数ヶ月がしてからだった。
家は、空っぽだった。小さなお城のように思っていた彼らの家は、階段には砂埃がたまり人の歩いた気配はなく、そこから見える小さな庭には木も草もひどい荒れ方をしていた。汚れた階段を上って様子を伺うゆかりを見た近所の人が、シブヤの隕石災害以降、家に人が戻った気配はないと教えてくれた。
ゆかりは、二人に会わなくてはならない。今でもずっとそう思い、毎日はムリでもこうして家まで行けば、いつか必ず会えると信じている。母親を助けてくれてありがとう。自分を助けてくれてありがとう。そう、お礼を言わなければ。
そして何より、ゆかりはあの二人が一緒にいる姿を見るのが好きだった。あの幸せな景色を、もう一度見たいのだ。
公園の側に差し掛かった時、前方に見えていた街灯がぐらりと揺れた。何かを考えるより先に足元の地面が強く揺れ出した。急な揺れにあちこちから悲鳴が上がる。ゆかりもどうしたらいいか咄嗟の判断がつかずその場に棒立ちになってしまった。遠くメトロの入り口に、出てきた人たちが公園へ逃げ込むのが見える。
(あぁそうか、公園)
しかしそう思ったゆかりの足は震え、根が生えてしまったようにその場から動かない。地震は揺れこそ強いがそう長い時間ではなかった。が、ゆかりは震えが治まらずにその場にしゃがみこんでしまった。
地震は嫌いだ。強い光と烈風と瓦礫の音と悲鳴。あの日、目の前に起きた凄惨な世界を思い出す。
立って。もう地震は収まったんだから。立って歩かなくちゃ。周りの人が変に思うわ。
そう強く思っても、震えは止まらず体は硬く縮んでしまっている。メトロの入り口はもうすぐなのに。
必死で立ち上がろうとするゆかりのいる歩道の側、植え込みの向こう側に生き物が呼吸を始めていた。