Secretary
ゆかりが公園にやってきたのは、四時を回った頃だった。ベンチに座って長い脚を持て余している姿が、懐かしく思える。昨日の電話で、彼は名乗らなかった。自分のことが分かって連絡をくれたのだと初めは喜んだが、もしかしたら全部自分の勘違いなのかもしれない。
ともかくここまで来てしまったからには、彼の聞きたいこととやらを聞いてみようと思った。
ゆかりがこちらへ歩いてくるのに気付くと、三島はベンチから立ち上がった。少し猫背気味はその姿は、やはり本人だと思いたい。
「お久しぶりです、吾郎…さん」
いつまでも?ちゃん?付けではおかしいか、と敬称を改めてお辞儀をした。すると三島は笑いもせず困った表情で会釈を返す。一体、何なのだろう。次の言葉を探すゆかりに、三島は口を開いた。
「あなたは私のことを知っているのですか?私には、隕石事故以前の記憶がありません。その……あなたのいう、吾郎という人は」
「…何も覚えていないの?私……いいえ、先生のことは?」
「先生……」
「だからあの家に帰ってこれなかったの?」
「家……」
呟いて少しの沈黙の後、やはり思い出せない、と三島は苦々しい思いで首を振った。
「何か少しでも覚えていないの?名前とか、ものとか」
「……夢なら見ます。この時期だけですが」
三島の夢の話を聞いたゆかりは、その光が満ちている場所を知っているかもしれない、と言った。
「そこはどこです、連れて行ってください」
吾郎と呼ばれていた時間を思い出したい。たとえきれいに取り戻すことができなくても。