二夜ノ夢
何時ものように、池袋の街を走り回る。「首なしライダー」此の街では其れが私の名前だ。もう随分と有名になってしまって、首都高の下を走っていても大騒ぎされなくなった。まぁ昼間だし、ヘッドライトが無くてもうるさい警察に追われることも無ければ、私が「首なしライダー」だと認識するには、いまいち確証が持てないのかも知れない。私の時間は、如何やら夜だと、皆思っているようだ。
一通り走ると、私は南池袋公園に行く。私は結構此の場所が気に入っている。噴水があって、緑も多くて。其処で鳩なんかに餌をやったり、考え事をしたりするのが好きだ。今日も、新羅に内緒で食パンを一枚持ってきた。千切ってやっていると、何処からともなくたくさんの鳩がやって来る。鳩にも個性があって、柄が全く違う。グレーの濃い奴や、白とグレーの斑模様の奴。餌を横取りしてばかりの奴や、何時までも餌を喰えない奴。なかなか見ていると面白い。
何時もはそんな鳩たちを見ていると、気が紛れるのだが今日はそうはいかなかった。やはり、二晩続けて見た夢が酷く気になる。私はやっぱりまだ「首」に執着しているのだろうか。其れが疑問だ。
正直、首は見つかればいいが、見つからなくても仕様が無いと思っている。日本に来た頃は、確かに首を取り戻したくて仕方なかった。私の「首」に、其処に欠けた記憶があると思うと、死に物狂いで探す勢いだった。けれど、最近は「首」に対する情熱が当時よりもだいぶ薄らいでいるように思われる。「首」以上に、大事なものが出来つつあるからかも知れない。けれど、やはり「首」を探すこと自体を諦めることは出来ないでいる。其れが不可ないのだろうか。
そう思った時だった。
「よぉ、隣いいか?」
そう云う声と、影が落ちて来る。フルフェイスのヘルメットにライダースーツ。異様な雰囲気の私に話し掛けて来る奴なんて、大方決まっている。新羅か静雄、新宿のいけ好かない情報屋か、帝人や杏里くらいなものだ。煙草の匂いがする。見上げて見れば、其れはやはり静雄だった。こくりと頷けば、静雄は「どうも」と云うと私の隣に腰かけた。其れから胸ポケットから煙草を取り出すと、黙って吹かし始める。
私たちは、時折斯うやって外で一緒になる。特にペラペラと話をするわけじゃない。私はPDAを通してじゃなければコミュニケーションを取れないし、静雄はあの情報屋みたいにお喋りじゃない。私たちはとても無口だ。けれど此の沈黙は嫌じゃない、寧ろ心地良いものだ。必要な時に話をし、其の他は静かに黙って過ごす。此れが私たちの友情の形だ。
「お前、何かあったか?」
不意に静雄が呟いた。私は驚いて静雄を見た。『如何して分かるんだ?!』そう打ち込んでPDAを静雄に見せる。静雄はちらりと視線だけを此方に寄越しただけで、一瞬ふっと鼻で笑うと、「うちの弟もお前と似たようなもんだからな」と云った。其れに、『そうか……』と返し、私は考える。
……静雄になら云ってもいいかな。そんな考えがふと浮かんだが、やっぱり迷惑だろう、と思い直した。人間でもない、こんな化け物の悩みなど相談されても、困るだろう。そう考えて、『大丈夫だ、大したことじゃない』と打ち込んでいると、また静雄が口を開いた。
「遠慮すんな、困った時はお互い様だ」
如何せ新羅にも云えてないんだろ、其の調子じゃぁ。最後にそう付け足されて、私は降参することにし、静雄に二晩続けて見た夢の話をする。
静雄は黙って私の話を聞いてくれた。 PDAに打ち込む手間もあるから、さぞかしもどかしくて苛つくだろうと思っていたが、静雄にはそんな様子も無く、黙って私の手元を覗いて、時折、「ふぅん」「ほぉ」という言葉を口にしていた。話が終わると、静雄は「そりゃぁ随分気が滅入ったろう」と云って此方を向き、少し困ったように笑う。
其の時、初めて私は静雄の口元に血が滲んでいるのに気が付く。 ……また、いざこざに巻き込まれたのか。私はそう思ったけれど、其れは黙っておくことにした。分かり切ったことを聞く程、野暮じゃない。少し黙った後、私は自分の考えをPDAに打ち込む。
『やっぱり、「首」は完全に諦めた方がいいだろうか? 夢は、潜在意識の表れだって聞いたことがある。私は、何時かお前たちを傷付けてしまうのかも知れない。「首」の為に……』
其れを見せると、静雄は「んー……」と唸るだけで、ぷかぁと煙を吐き出した。其れからまたすぐ煙草を銜える。そんな様子でも、静雄がきちんと話を聞いてくれているの感じながら、私は続ける。
『如何せなら、私も人間なら良かった。私とお前たちは違う。私はとても長い間を生きる。云ってしまえば、死ぬのかも分からない。けれど、お前たち人間は死んでしまうだろう、其れはとても簡単に』
何時か、私は本当にあの夢みたいに独りきりになるのだな……。最後にそう付け足すと、静雄は「俺みたいな化け物はそう簡単に死なねぇよ」と云った。其の言葉に、私は少し感情的になってしまう。
『確かにお前は他の人間より遥かに丈夫だ。けれど、年は取るだろう? 私が初めてお前に会ったのは、お前が高校生の時だ。あの時、お前は今より幼い顔だった。そんなお前も、もう立派に大人じゃないか。人は確実に、時を刻むんだ。何時か必ず、皆私を置いていってしまう』
……セルティ? そう心配そうに私の名を呼ぶ声に、私はやっと自分がヒステリーを起こしていたことに気が付いた。『……すまない、静雄。まぁ、怪我には気を付けてくれ、幾らお前でも、友人としてやはり心配だから』そう打ち込むと、私は静雄の口元を指差した。静雄は空いている手で血の滲んだ口元を触ると、ばつの悪そうな顔をして、「はいよ」と答える。
随分長い間引きとめてしまったと思い、静雄に其れを詫びた。静雄は、問題ねぇよ、と笑ってくれる。一体こいつの何処が怖いのだろう? 怒らせなければ、静雄は本当にいい奴だ。少なくとも、折原臨也より全く人間らしいと私は思う。
公園を出て愛馬に跨ってから、私はもう一度静雄に謝った。其れから、簡単に云うと私も人間だったらよかったと心底思ったまでだ、と付け足した。すると静雄は、私に向かって手を差し出して来る。訳が分からず首を傾げると、手袋を取って自分の手を握れ、と云って来た。云われる儘にすると、静雄は私の手を軽く握る。思わず私も握り返した。すると、静雄は手を離し私に訊ねる。
「如何思った? お前は今、俺の手を握ってみて如何思った?」
一体何を言い出したのだろう、と思ったけれど、静雄の目が真剣だったから、私は急いでPDAを取り出すと、思ったことを打ち込む。
『大きな手だな。新羅のより大きな手だ。あと温かかった。お前の手は大きくて温かかった』
其れを見せれば、静雄は「そうか」と云って伏し目がちに笑う。高校生の時から変わらない、静雄が少し照れている時の癖が、まだ其処にはきちんとあった。其れを懐かしく思っていると、静雄は目線を上げて、口を開いた。
「あんまり上手く云えねぇけどさ、今斯うやって触れ合うことが出来て、話が出来るだけで充分なんじゃねぇの? 先のこと何か分かんねぇし、分かんねぇこと考えても仕方ねぇだろ。今が好ければいいんじゃないかい、セルティさんよぉ」