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闘神は水影をたどる

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 その場にロゼリッタの姿を見つけ、海兵は面に驚愕を浮かべる。
 なぜ王族の彼女がここにいるのか。いったいどこから。否、現状の大問題は、モノセルノ密航の曲者が幼い姫に襲いかからんとしている事態である。
 海兵が剣を繰り出した。大振りする。身を屈めて避けた男が、海兵の脚に突っ込んで転倒させた。海兵は床に転がり、男が馬乗りになった。むちゃくちゃに手首を床に打ちつけて剣を手放させる。ロゼリッタは声にならない悲鳴を上げた。男が剣を拾い、ロゼリッタに投擲した。彼女のすぐ脇に積まれた木箱に剣が突き刺さる。拳を振りかぶる嫌な音が何度も続き、静かになった。
 ロゼリッタは座り込んで震えているほかなかった。しんでしまった。あの海兵は死んでしまった!
 男が海兵の上から立ち上がり、剣を木箱から引き抜いてもそれは変わらなかった。海兵学校での訓練の記憶が頭の中をめまぐるしく駆けたが、指一本の神経すら動かさなかった。
「言ったそばからだ。おまえがあんなくだらないものを持って来なければ、あいつは今晩じゃなく……いずれどこかの戦場で、どうせおまえみたいなのを守るために死んだ」
 ロゼリッタは俯いたまま、男の垢の詰まった黒い爪先を見ていた。
 船で見つけた男は酷く弱っており、思わずかわいそうだと思った。
 下船の途中で一度意識を取り戻したが、自分が誰であるとも、ここはどこかとも口にせず、またすぐに気絶してしまった。身元のわかるものは何ひとつ所持しておらず、衰弱と全身の怪我から、すぐに牢に入れられることなく、一時、この貯蔵庫に閉じ込められたのである。ロゼリッタが男の落とし物に気づいたのは海兵の制服を脱いだときだった。まず脳裏に浮かんだ「かわいそうだった」という感情のみで、彼女はここまで行動した。
 いま頭上から降り注ぐのは刃のように冷たい言葉と、皮膚を灼く憎しみだった。
 ロゼリッタは身に覚えのない悪意が閃き、振りかぶられる風切り音を聞いた。
 それを止めた剣があった。金属音。激しい鍔競り。
 裂帛とともに男の体が蹴り飛ばされた。木箱が派手に薙ぎ倒される。
 驚異的な体力で男が体勢を立て直そうとしたところへ、強力な一太刀が肩口へ降ろされた。ロゼリッタはひ、と目をつぶった。覚悟した血飛沫は上がらず、男は低く呻いてその場に倒れ込んだ。リグドがひとつ息を吐き、逆手に持っていた剣を鞘に戻した。
「リグド兄様」
「怪我はないか」
 リグドはすがりついてきた妹に安堵しながら薄い背中をさすった。リグドについてきた海兵がふたりがかりで男を起こし、腕と足を縛り上げた。男は浅く呼吸をするだけで抵抗しなかった。
作品名:闘神は水影をたどる 作家名:めっこ