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闘神は水影をたどる

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 オベル主港に現れた若き海兵長に、オベル王国海軍兵士たちは目を疑った。海兵長フェリドは本日高台の監視所にその任を置かれているはずであり、そのフェリドからの信号弾が実につい先ほど、不審船の発見を意味する「黒」を上げてきたばかりであり、フェリドがいる監視所からは走っても十五分はかたいところだからである。
 フェリド・イーガン、御歳十八年。またしても、このお方の超人じみた体力を見くびっていたらしい。
 海兵はそれぞれにそれぞれの心情のこもった溜め息を吐きかけるも、それをおくびにも出さなかった。
「フェリド殿。監視の任はどうしたんです」
 白地に朱の円を描いたオベル海軍上等兵服を着た女が、海兵たちのあいだからつかつかと歩み寄った。女性にしては高い身長を見せつけるように堂々と、締まった腰に提げた刀剣に片手をつがえながら進む様は充分に鑑賞にあたいする洗練された美しさだったが、その強い歩調を少しでも煩わせぬようにと、一般兵たちが息のあった動きで道を空ける。
「サルガン、イーヴェに救助願いはあったか?」
「こちらは我々が対処します。貴殿は今日終日、第二監視台にて索敵の任にあるはずです」
 日に透ける赤毛から射抜く目も恐ろしく、まくしたてる女海兵――サルガンに対するフェリドは飄々と、どこか楽しげに、まとっていた海兵長の象徴である黄金色の外套を脱ぎ捨てた。砂礫にまみれる外套を抱え上げた三等兵が、誰であろうその持ち主にひょいと顔を覗き込まれ、慌てて姿勢をただした。
「悪いな。しばらく預かっといてくれ」
「は、はっ」
「イーヴェは?」
「と、とくに救助願いや、民間船が迷い込んだという報告は来ておりません」
「フェリド殿!」
 背中から落とされた雷に肩を竦め、フェリドはしかし質問をやめなかった。
「西廻り船に一時海域封鎖の通達は?」
 海兵長と、その背後で肩を怒らせる指揮官を目の前にした三等兵は逃げ出したくなった。
「完了しています」
「やるな。ヴェヴェル港とイルヤ海域へは?」
 オベル主港からイーヴェ岩礁方面へ続く西廻り航路は、商船のいわば大往来であり、日暮れまで、国内船、貿易船問わず潮飛沫を上げている。そこを一時的とはいえ封鎖すれば、近海のイルヤ海域、首都直近のヴェヴェル港に一時寄港する船が続出し、入出港機能が飽和するのは必至である。
 三等兵は押し黙って目をまたたかせた。フェリドの質問の意図を組み立て、あ、となったのである。
「そこまで考えられたら次は二等兵だ。頑張れよ」
 フェリドは気持ちよく笑った。
作品名:闘神は水影をたどる 作家名:めっこ