闘神は水影をたどる
フェリドは弟の辛辣な言葉を思い返しながら、笑った。できた弟だと、胸には安堵の波が広がっていく。
「俺の弟としては勿体ないに過ぎる。そう思わんか」
階段の陰から長身の赤毛が姿を現した。白い一等服のままのサルガンが、呆れもあらわに首を振りながら歩み寄る。
「まったく勿体ないのに確かに貴方の弟だと思わせます」
フェリドは誇らしげに胸を反らした。
「リグド殿が紋章魔法を使ったら昏倒させようと思いましたが、杞憂でしたね」
「あいつはそんなにこどもじゃないさ」
十八になりかけの長男から、十七になったばかりの次男に対しての見解である。二十一歳、妙齢の女兵士は口の中だけで笑った。
「ところで、なにかあったのか?」
「モノセルノに密航していた男が多少暴れたようだ。その場にロゼリッタ様が居合わせて、リグド殿が制圧した」
「公の記録に残したくないからあんなところに閉じ込めたんだろうがな。親父殿も頭の痛い話だ」
「豪快に笑っていらっしゃいました」
「なんて?」
「船橋と艦長室は絨毯の裏まで見たが、機関部までは盲点だったと。すまんとまでおっしゃって」
フェリドは勢いよく吹き出し、腹を抱えて笑った。
頭が痛いのは密航を許した失態にくわえて、痛い腹を探られたモノセルノの一個艦長のほうだったようだ。
「親父殿も心中穏やかではあるまい。群島も安寧に微睡んでいるわけではない。このオベルですらいくつかの派閥が菌糸を張っている」
「モノセルノ艦はわかりやすい。うぶなほうだな」
「あれは腕だ。なにをしても目につく場所ならいい。どこに膿む傷があるか気づくには、なかなか時間がいる。いっそ一度噴き出させて海水に突っ込んだほうが、治りの早い怪我もある」
黒い瞳に宿った真摯な光は一瞬で夜闇と同化した。
サルガンは密航者の素性がある程度固まった経緯と、ロゼリッタのことを部下の報告のままに伝えた。
「いまのロゼには苦すぎる薬か」
女副官は聞こえなかったふりをした。
「あの者の処遇と、昼間の海賊たちの処置について、私に一任くださいますか」
「リグドの了解と、最終的には総督の了承が必要だろうけど。まあ任せる」
サルガンとリグドは同じ一等兵である。海兵長であるフェリドが承認すれば形式上問題ないのだが、リグドはいい顔をしないだろう。サルガンは敬礼をしてみせた。
「サルガン、おまえに全部任せる」
水場が風に揺らぎ、大量の流れ星が水面を行き交ったように見えた。