闘神は水影をたどる
4.その少年
海兵の休日は隔週で訪れる。
おのおのの週末の過ごし方はふたつに分かれた。休日といえども波に揺られていないと方向感覚が鈍る者と、地に足をつけて土の匂いを嗅がないと落ち着かない者である。
フェリドは後者だった。大波に揺られるのはあまり好きではない。
ロゼリッタと末の妹たちに海釣りにとせがまれたが、適当な理由をつけてあしらい、馬を駆った。我ながらおとなげのないことだ。フェリドは自嘲気味に笑い、野原に寝転ぶ。ぐうと頭から沈んで足から空に浮き上がるような感覚ののち、視界は青になった。
草の匂いに肺を押しつぶされながら見る海上の空は美しかった。目に映るすべてのものは金色の陽光にふちどられ、空の青さに明滅を繰り返している。ベルナディンの白い花が短い生を謳歌し、蜜蜂たちがその花粉を身にこすりつけ飛んでいく。彼らの行き先によって、群島の植物分布を知ることが出来るのだ。邸に出入りする学者たちが教えてくれた。フェリドは蜜蜂のとまる草を指で弾いた。小さな羽音をたててそれは飛び立った。
邸は第二王妃ユーレスクの、五人目の出産準備に朝から奔走していた。
実に、七人目のきょうだいの誕生である。
何か手伝おうにも、哺乳瓶よりさきに剣を握っていたような無骨者では、侍従たちにあれあれと笑われて終いだった。十月十日のまえからずっと、ユーレスク妃の寝台の脇で身を小さくしながら話し相手になる程度しか役に立っていない。
フェリドはこの異母が好きだった。出産で少し丸みを帯びた頬で、少女のように笑いながらフェリドのはなしに耳を傾ける、柔らかなひとだ。ロゼリッタやまだ小さな妹たちに母の温もりがあることを心底幸福に感じた。フェリドとリグドの母は二年前に他界していた。ふたりのきょうだいのあいだに軋轢が生じたのもそのときだった。
真上からの日光を受けて、フェリドは身を捩ってそれを避けた。
ふと目を開ける。いくらか微睡んでいたようだった。
身を起こしながら、腰に提げた剣に手をつがえた。緑に埋もれるようにして覗いたさきで、フードを被った人影がフェリドの馬に近づいている。馬の胸に届くか届かないか程度の身丈で、まだ若いだろう。手綱を引いて馬を宥めながら、毛並みを見定めているような動きだった。