闘神は水影をたどる
フェリドは溜め息を吐いた。馬を盗られるのはさすがに見過ごせない。立ち上がり、そっとその背後へ近づいた。
「おい」
見事に気配を殺していたフェリドの声は、突然その場に現れたように思えただろう。フードの人物はびくりと背中を揺らして振り返った。
フェリドは少し眉を上げる。若いとは見越していたが、目の前の人物はまだ体つきも満足でない少年だった。ひとまず、のんびりと続ける。
「それは俺の馬だが、なにか用か」
目深にしたフードのせいで人相ははっきりとしないが、少年はロゼリッタと同じ年頃に見えた。それがほんの一瞬フェリドの憐れを誘い、またそれがよくなかった。
かあん、と視界が揺れて星が散った。
咄嗟に半歩さがった膝が笑って、フェリドは顎に一撃を食らったことを知った。少年が身長差を利用し、懐の下から打ち上げたのだ。
少年の得物は彼の身長ほどもある朱い棍で、いったいどこにそんな長いものを持っていたのかと目を見張る。
少年が棍を突き出す。交わした。なかなかの突きだった。フェリドは口笛を吹いた。剣を鞘ごと留め金から外し、死角から薙ぎ払われた棍を受け止める。少年がはっと息を呑む気配があった。止められるとは思わなかったのだろう。フェリドはちょいと棍を片手で押し上げた。少年が体勢を崩して棍を振り切る。がら空きになった頭上から鞘を振り下ろす。朱い棍がそれを受け止めた。フェリドはにっと唇を上げて、腕に少しの力を込めた。ふっと空気を相手に剣を押したように抵抗が切れた。
フェリドは少年が根負けしたのだと思っていた。背中から打ち下ろされた痛烈な一撃に肺を叩かれるまでは。