人災パレード
「いいか、これから俺たちがやるべき事は二つ。スコールの捕獲とリノアに対する時間稼ぎだ」
捕獲という辺り、すでに人権という単語が吹き飛んでいる気がしなくもない。
「そうだぜ、スコールを連れ戻さないと俺たち……」
「言わんといてゼル……」
言うまでもない。
まずは才媛キスティスが建設的な具体案を挙げ始めた。
「スコール捕獲はサイファー以外には務まらない。これは厳然たる事実だわ」
こくり、と全員が無言で頷く。
「そして、リノア対策のためにはサイファーの支援に割ける人員はこのメンバーから一人だけというところよね。それ以上をスコール側に回したらリノアに怪しまれるし、何よりガーデン側が手薄になってしまうわ」
「……スコール捕獲よりもリノアの方の脅威が大きいってのが泣けるよね〜」
「それも言わんといて……」
ああ、痛い。
「で、誰が俺の支援に付く?」
ずばりと切り込むサイファー。
この場合、戦況を考えるとガーデン側で指揮を執れる人間を残していくのが当然の選択となるのだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。
相手はリノアなのだ。
リノアに対して時間稼ぎの出来る面子を残していくのが戦略として合理的な回答となる。
つまり、セルフィやアーヴァインやゼルなどのお調子者メンバーでリノアの気を紛らわせる作戦でいくべきであろう。
「私、しかいないわよね…」
「だな」
キスティスならば執務があるという理由で、多少の間ならばリノアの前に姿を現さなくとも怪しまれる心配はない。
そしてそれはもちろん副指揮官であるサイファーにも適用出来る事実だ。
SeeDたるもの、迅速に動くべし。
「そうと決まれば後は実行するだけだ。キスティス、最終確認」
「スコール捕獲はサイファー前衛で私が後方支援、アーヴァインをガーデン側の指揮担当にするわ。ゼルとセルフィはアーヴァインを補佐しながら対リノア戦を。三人とも、私たちが戻ってくるまで…………生きていてね」
重々しく告げられた最後の一言に、セルフィが泣きながら頭を抱えて絶叫する。
「イヤや〜! そんな言い方されたら余計イヤや〜!!」
心底嫌すぎる実感のこもりまくった、死地へ赴く三人への送辞であった。
ガーデン外へ出陣するのはキスティスらであるはずなのに、まさにこちらが送辞を言う側である。
あらゆる意味で魔女、それがリノア。
椅子に引っ掛けていた白コートを取り上げ愛用のガンブレード・ハイペリオンを肩に担ぐ。
「時間は少ねぇんだ、動くぞ。アーヴァイン、そっちは任せたからな」
「任せて〜って言いたくないけど……死にたくないから善処は力いっぱいするよ〜」
半泣きのアーヴァインに幸あれ。
こうして、ガーデン首脳部は戦いの中へと一歩を踏み出したのであった。
【SIDE : スコール捕獲】
世の中、言ってはいけない言葉というものが存在する。
人はそれを禁句と呼ぶものだ。
如何に慌てて逃亡したスコールといえども、いや、慌てて逃げたからこその盲点がある。
現役SeeDはその身分証明と資格証明のために偽造防止技術を駆使したIDカードを、緊急時の連絡のために衛星通信機能のある携帯通信機を持ち歩く事を義務付けられていた。
これはいくらバラム・ガーデン指揮官という権限があっても例外にはならない。
携帯通信機の通信機能の方はそれこそ指揮官権限を使って、というか職権乱用して管理用オフコードを打ち込んで無理矢理オフにしているとは容易に想像出来た。
そもそもサイファーたちは、例え通信機能が生きていたとしてもそれを使って「スコール、大人しく戻ってこい」などとわかりやすすぎる無駄な行為をする気はない。
それで戻ってくるようなら最初から逃げるわけがあるか。
しかしだ。
ガーデン側のメインシステムをいじらない限り絶対に誰もオフに出来ない機能もまた、存在するのだ。
それがSeeDの位置探知システムだ。
任務の有無に関係なく、傭兵たるSeeDの滞在位置を把握しておくのはガーデン側としては当然の事。
SeeDにとってはあまり気持ちの良いものではないが今回ばかりはそのシステムに感謝しよう。
ともあれ、メインシステムの位置探知機能がいじられていない事さえ確認出来れば、サイファーたちのスコール追跡は単純明快。
キスティスが地下の階層でシステムの端末に指を走らせる。
「思った通り、メインシステムの探知機能は生きてるわ」
「ま、そこまでいじってたら逃げる時間もなくなってただろうしな。スコールの現在位置はどの辺りだ?」
オペレータ席に座るキスティスを前に、画面を覗き込みながらサイファーは訊く。
公共交通機関をスコールが使うはずがない。
そんな事をすれば諜報班か情報処理班にあっさりと見つかるのが関の山だ。
スコールはどこか近隣の辺境の村で足となる物でも調達して逃げたのだろうと、サイファーは踏んでいた。
「ちょっと待ってね」
しなやかなキスティスの白い指が端末の上を滑らかに動き回る。
目まぐるしく移り変わる画面が、やがて一枚の地形図を表示させて停止した。
地形図の上に光る一点を見つけて舌打ちが漏れる。
「クソ、やっぱバラムはもう抜けてやがるな。ドール側に上陸して移動中か。後は町にも立ち寄る気はねぇだろうよ」
「そうよね…スコールなら一ヶ月でも山篭もりくらいやってのけるわ」
そしてスコールには災難なのか不幸中の幸いなのか、本当に一ヶ月近くの有休が溜まっていたりする。
「ガーデンは動かせねぇ。ラグナロクを動かすのも危険度は高くなるんだが、今は時間が惜しい」
何の危険度か。
もちろんリノアにスコール不在を感付かれて暴走される危険を表す度数の事だ。
「ええ、今ラグナロクにこの探知機能とデータをインストールしてるわ。転送完了まであと30秒」
「俺は先にラグナロクに向かう。終わったらセンセイも来てくれ」
「了解」
地階のエレベータに走り込みながらも、整備班にラグナロクを使用する旨の連絡を入れる。
警戒態勢レベルA2が発令された時点で整備班も配置に付き、高速機動飛空艇ラグナロクをいつでも発進させられるようにしているはずだ。
一分一秒でも時間が惜しい現時点ではラグナロクを使用する以外の最善策はない。
ラグナロク格納庫に辿り着いて見渡せば、予想通りほとんどの整備班員が仕事を終わらせて整列していた。
メンテナンス用端末に取り付いていた整備班の班長が端末席に座った状態のまま簡潔に報告する。
「操縦ライセンスAを持つ操縦士は操縦席で待機中。先程ガーデン内ネットワークからトゥリープ教官のログアウトを確認。インストールされた機能をラグナロクで使用出来るように調整中です。……と、今それが完了しました。整備班、全工程完了。発進可能です」
「よし、お前らは格納庫から退避してくれ。すぐに出る」
宣言した途端、キスティスが走り込んできた。
ばさりと白コートを翻したサイファーと到着したキスティスに対し、整備班一同が綺麗に揃ったSeeD式敬礼を向ける。
彼らに向かって小さく頷き、二人はラグナロクに乗り込んだ。
乗降口に二人が格納されるや否や、ラグナロクが浮かび上がるのを体感した。
「操縦士に目的地がわかるようにプログラミングしておいたわ」
「ああ、話が早くて助かるな」