人災パレード
ハイペリオンで肩をとんとんと叩く。
実は、ラグナロクには各所にディスプレイ付きの端末が設置されている。
それは二人のいる乗降口ですら例外ではなく、二人はその端末に映し出される移り変わりの激しい情報を脳内に叩き込む。
現在位置情報から目的地への到達予想時間、目標人物の移動情報などが画面に分割されてリアルタイムで送られてくる。
二人が乗降口から艦艇へ移動しない理由の一つは、この場にいても十分に情報が手に入るからであった。
「ちっ…スコールの奴、軍用ジープか何か使ってやがるな」
どこで手に入れやがったんだそんなもん、と毒突く。
「移動速度が思ったよりも速いわね。でも、ちゃんとそれを考慮した到達予想時間になってるわ。この操縦士は情報処理技能もかなり優秀よ」
「おーおー、査定ん時にその辺も考えてやってくれや」
ちょっと投げやりな借金王サイファーだった。
じりじりと、ただひたすらに時間が過ぎるのを耐え続けるだけの、この緊張感。
二人とてプロの傭兵だ。
こういった状況下での心構えも対処法もきっちりと心得ている。
目的地到着まで、あと3分。
無駄口は叩かない。
これからの対スコール捕獲戦の戦術を確認する必要もない。
スコールには悪いが自分たちの命とガーデンの安全がかかっているのだから、捕まえて持ち帰ってリノアに差し出すだけだ。
眼を瞑ってじっとその時を待つ二人に、操縦士から連絡が入った。
『報告します。ラグナロクの索敵機能によって目標を捕捉、40秒後に目標上空に到達します』
「了解した。速度は落とさずそのまま通過していい。乗降口の制御を手動に変えておけ。そのまま通過後、俺たちの上空で待機だ。連絡するまでは安全圏にいるように」
『了解しました。あと20秒です』
画面の隅にてカウントダウンが始まる。
「行くぜ、センセイ」
「ええ」
操縦士が制御を手動に変えた乗降口を開けると、当然のごとく凄まじい強風が吹き込んでくる。
二人は口の中で小さく詠唱し、墜落対策のレビテトと強風と衝撃対策のプロテス、スコールの魔法攻撃対策としてシェルなどと甘ったるい事はせずにサクッと魔法を反射するリフレクを自分たちにかける。
今日のジャンクションはサイファーがバハムートとイフリート、キスティスがシヴァとカーバンクルだ。
スコールは相変わらずエデン辺りを付けている事だろう。
二人が乗降口から艦艇に移動しなかったもう一つの理由。
それは乗降口から飛び降りてスコールを奇襲するため。
というわけで、二人は潔く飛び降りた。
目標上空のみ低空飛行をさせた事と二人の計算に誤差が少なかった事、この二つのおかげでサイファーとキスティスは移動中のスコールの前方に立ち塞がるような形でふわりと舞い降りる。
スコールが高速で上空を通り過ぎたラグナロクに気付いた時にはすでにサイファーらが落ちてきていたという事になるわけで。
スコールの顔が歪むのを見たと思ったのと同時に、おそらくは反射的に放たれたであろうファイガが二人に向かって襲ってきた。
しかし、こちらはリフレク完備。
当然スコールのファイガは跳ね返って直撃コースでスコールに向かう事になるわけだ。
「ッ……!!」
彼の卓越したドライビングテクニックを持ってしてもリフレク・ファイガをかわしきれなかったのだろう。
大きく蛇行したジープからスコールが打ち出されたかのような勢いで飛び降りる。
ファイガが掠って爆発炎上するジープと、転がりながらも綺麗に受け身を取って地面に伏せるスコール。
この場が砂漠地帯と言っても過言ではないような何もないのっぺりとした大地で幸いだ。
そうでなければ森や草木が(もっと悪ければ家屋が)類焼していた事だろう。
爆発の衝撃が収まったところで、スコールが立ち上がった。
「いよーう、スコール。有休消化の旅を満喫中のところ悪ィんだがな、時間がないから一言で言うぞ。…ガーデンに戻れ」
「イヤだ」
ああ、この場にゼルとセルフィがいたならばこう思う事だろう。
逃亡中だったサイファーをガーデンに連れ戻そうとした時のやり取りと同じだ、と。
言った人間と言われた人間を逆にしただけでシチュエーションはそっくりだ。
となると、この後の展開は。
「そう言うと思ったぜ…!!」
「だったらいきなり襲ってくるのかアンタは…!」
ガンブレード使い二名によるいきなりの鍔迫り合い。
それから魔法での小競り合い。
飛び退いてサイファーから距離を取ったスコールは真っ先にデスペルを唱え、サイファーにかかっている全ての補助魔法を解除した。
そうしてから自分にはプロテスとシェル、ヘイストをかける。
「スコール、私も来ているんだって事、忘れないでちょうだいね」
淡々と言ってのけるキスティスが続けざまにサイファーに向かってプロテス、シェル、ヘイストを唱えた。
不機嫌そうに眉根を寄せたスコールはデスペルをサイファーにかけ直す事の無駄さを瞬時に理解し、近接戦闘に切り替える。
実力の伯仲したトップクラスSeeDの接近戦では後方支援として来ているキスティスに出来る事は、精々がサイファーの回復くらいだ。
スコールにスロウやブラインなどをかけてサイファーを支援しようにも、ジャンクションで魔力を底上げしていてさえキスティスの魔力値ではこの手の魔法は全てスコールの魔法耐性に阻まれてしまうのである。
どんな時でもスコールは強い。
けれど、それはサイファーとて同じ事だ。
ヘイストで加速されたスコールとサイファーの剣戟音を聞いていてキスティスは常々思う事がある。
倍速で動ける魔法ヘイストといえば良い事尽くめのように聞こえるものだが、本当はそれだけではない。
加速された知覚に流れ込んでくる情報を処理出来る事、加速に耐えうる肉体を持っている事、それらの条件を満たせなければこの魔法は諸刃の剣だ。
倍速で振り下ろした武器に返ってくる衝撃が通常よりも大きくなるのは当然の事だし、視覚から得られる情報がまず危険だ。
普段よりも倍の速さで流れ行く視界は動体視力が優れていなければまともに動けやしない上に、脳内で情報を処理しきれない。
ヘイストという魔法は体内神経の伝達速度まで加速してくれるような、お優しい魔法ではないのだ。
戦闘訓練も何も受けていない素人がヘイストをかけて走ればアキレス腱を切るだろうし、スピードを制御しきれずにどこかに激突して怪我をする、そんな光景をキスティスは実際に見た事がある。
そんな魔法をかけて戦闘をするためには、倍速に慣れるための訓練と頑健な肉体を作る努力が必要だった。
では、ヘイストをかけて全力で近接戦が出来る人間がどれだけいるのかというと、実はとても少なかったりする。
アーヴァインは狙撃手であるから視覚情報の処理には慣れていているが、そもそも接近戦には向かないしやらない。
セルフィやキスティスは女である以上、筋力を一定以上に強化する事は出来ない。
今、眼の前で文字通り全力のヘイスト接近戦を繰り広げている二人を除けば、バラム・ガーデンのSeeDの中で同じように動けるのは近接戦闘のスペシャリストたるゼルだけであろう。
しかしそれでも、ゼルは知覚情報の処理能力が『上級者程度』で終わっているせいで彼らには劣る。
だからこそ、キスティスは常々思うのだ。