人災パレード
報告が途切れようとも気が抜けないという緊張状態が続く。
情報処理班からリアルタイムに送られてくる各者の位置情報を指揮官室の端末ディスプレイに映し出したまま、アーヴァインたちはそれを食い入るように見つめ続けるのだ。
やがて、ゼルたち工作班が例の工作ポイントに到達したらしく、青い光点が白い光点と重なって動きを止めた。
「今、ゼルたち必死に動いてんやろね…」
「うん…」
赤い光点がじりじりと青白い光点に近付いていくのを、二人はただ見守るしかない。
その赤い光点を不吉だと思ったものだが、こうなるとさらに不吉さが増して見えてくる。
胃の痛くなりそうな沈黙の後、ようやくゼルから完了の報告が入る。
『工作班より報告。工作完了、大体いい感じに土砂が被ったと思うぜ。これから避難ポイントに移動する。以上』
「了解、お疲れ様〜。索敵機の偽装には気を付けた方がいいよ〜」
「リノアって妙に勘が良い時あるんやし、念には念をって事で〜」
語尾ぬるいコンビも、とりあえずはほっと一安心。
この工作が吉と出るか凶と出るかはこれからわかる事だ。
画面の青白い光点が青と白に分離し、青い光点が北に向かって移動していく。
セルフィが指示した避難ポイントに到着した青い光点はリノアが通過するまでそこで隠密待機となるだろう。
ゼルたちの工作に感謝しながら一息ついていたところ、画面の左下にぴこっと風景映像が現れた。
「ゼルたちの索敵機カメラの映像やね〜」
情報処理班が受信してこちらに送ってきてくれた映像のようだ。
「ちょっと遠い映像かな〜。これでも一応最新型のはずだから拡大はしてるんだろうな〜」
約2km離れているのだから十分に高機能ではあるのだろう。
避難ポイントに着いてから映像が送られてくるまでの時間はかなり短いものだった。
さすがはゼルとゼルの選んだ工作員たちだと心の中で賛辞を送る。
さて、ここでようやく問題の赤い光点が白い光点と重なる時がやってきた。
あの工作によってどれだけの時間が稼げるか、それによってこれからの対策も練らなければならない。
固唾を呑んで二人、画面に食い付く。
工作班設置の索敵機の映像に列車が映り、やがて線路に被った土砂の手前でゆっくりと停車した。
それはそうだろう。
いくらリノアに脅されていようが、そのまま突っ込んだら単なる事故にしかならない。
ここからが問題だ。
と、思った瞬間。
「あ、あの水色は…!」
セルフィが思わず叫んだ。
紺色の制服を着た乗務員らしき人たちに混じって水色の塊が列車から降りてきたのだ。
言うまでもなく、確認するまでもなく、リノアである。
「まさかリノア自ら土砂の撤去作業するつもり〜…?」
そんなバカな、と言いたげな口調でアーヴァインも呟く。
しかし、本当に目を疑って叫びたくなったのは次の瞬間だった。
土砂が吹っ飛んだのだ。
残った大きな岩石らしいものを細く白い足で遠慮なく蹴り飛ばし、リノアが列車の中に戻っていく。
何ともあっさりした一幕であった。
「…………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………」
線路に被っていたのは土砂だ。
土と砂と石と岩だ。
ゼルたち工作員が出来るだけ音が少なくなるようにと細心の注意を払って爆薬を使い、被せた土砂だ。
「今のって……」
「………………まさか、まさか……エアロ?」
竜巻が見えなかったという事は、信じたくはない事だが高位風魔法トルネドではなく低位風魔法エアロだろう。
繰り返すが、吹っ飛んだのは土砂だ。
普通に撤去作業をするのならば乗務員と一般客を動員したとしても20分はかかると見込んでいた、それだけの量の土砂だ。
口が裂けても軽いとは言えないし、普通は低位風魔法のエアロ程度では吹っ飛ばない。
さすがに大きな岩石まで吹き飛ばせなかったようだが、それでも十分過ぎる程に異常な破壊力である。
というか、ほとんど時間稼ぎにも足止めにもなっていない。
「ああ〜!! どないしょ、アーヴィン! 全ッ然、時間稼ぎになってへんよ〜!」
司令部の衝撃と混乱を余所に、情報処理班から送られてくる情報は更新され続け、赤い光点が白い光点を過ぎて動き出している。
アーヴァインが衝撃から立ち直って対策を講じ始める前に、さらなる衝撃が二人を襲った。
前触れもなく、いきなり索敵機の映像が砂嵐に変わったのである。
「……ねぇ、セフィ。僕には今、ちらっとだけメテオらしき炎岩が映ったように見えたんだけど、気のせいだよね〜?」
「……アーヴィン、ごめんな〜。うちもソレっぽいの見てしもたんよ〜」
二人揃って超棒読み、視線はどこか異次元へ。
「ゼルがさ、さっき『リノアに察知されてメテオでも喰らいそう』なんて冗談めかして言ってたけど…」
「普通、本当に降ってくるなんて思わへんて…」
「……………………」
「……………………」
ああ、今日はいったい何度の痛い沈黙を味わえば済むのだろうか。
厄日だ。
魂の底から今日は厄日だと、そう思わずにはいられなかった。
「ゼルー!!!」
「ゼル、生きて帰ってきてや〜!!!」
半泣き状態で端末に取り付いた二人は、まずはゼルたち工作班の生存を示すコードを見つけて少し落ち着く。
恐る恐る回線を開いてゼルに呼び掛けてみた。
「こちらアーヴァイン! ゼル、みんな! 無事かい!?」
「ケガしてへんか〜!? 救護班必要なら向かわせるで〜!!」
『こ、こちらゼル……びびった、マジでびびった。ホントにメテオ降ってきやがったぜ…。いったいどういう神経してんだ、リノアはよ…』
2km離れている索敵機に気付いて(もしくは憂さ晴らしで)メテオを平然と唱えてくる神経だ。
「良かった、無事だったのかい…!」
『あー、被害状況報告な。ケガ人がいるけど全員軽傷だから手持ちの魔法と薬で十分だ。ただし、周囲の地形が変わってこの車が半死半生ってとこか…』
「車、動かへんの〜?」
『走れるだろうけど、先に点検整備が必要だな。それから周りの地形変わりすぎてて、こっから脱出する方が苦労しそうだぜ』
頑丈さと機能に優れたエスタ製地形迷彩車でなかったらと思うとぞっとする話である。
ともあれ、ゼルたちの無事は確認出来た。
通信を終了させてバクバクとうるさい心臓を落ち着かせる二人。
はっと気付いて画面に視線を移すと、リノア到達予想時刻まで残り10分を切っていた。
この到達予想時刻とは、バラム駅でリノアが降りてバラム・ガーデン正門前に到達するまでの予想だ。
画面の下部には情報処理班からの緊急メッセージらしき赤い一文が見える。
不吉なその一文は『目標移動速度、さらに上昇』と、シンプルに恐怖を煽る。
あの土砂がリノアの足止めになるどころか、苛立ちを乗務員にぶつけたかどうかしてさらにスピードを上げさせたと考えるのが妥当だ。
時間稼ぎの足止め工作が完全に裏目に出てしまったと認めざるを得ないだろう。
10分とせずにリノアが来る。
ここで呆けている場合ではない。
アーヴァインは腹をくくった。
サイファーから渡された非常時用の指揮官権限コードを使い、緊急放送回線を開いて全SeeDに通達する。