人災パレード
『指揮官代行アーヴァインだ。目標人物が本日1140時をもってガーデン正門前に到着する。各班、以降は前もって出した指示通り作戦へ移るように。健闘を祈る』
回線を切り、一度だけ眼を瞑ってからアーヴァインはセルフィに顔を向けた。
セルフィが小さく頷き返す。
最早言葉は要らない。
ゼルは命をかけて工作班として動いた。
サイファーとキスティスはスコール捕獲のために出ていったきり、まだ連絡が入らない。
あとはもう、自分たちが動くしかないのだ。
悲壮な気分を押し隠していつも通りの晴れやかな笑顔を作り、二人は揃って指揮官室を出ていった。
正門前は人一人、猫一匹、ケダチク一頭いない、静かな佇まいであった。
防衛班や救護班などは全て、リノアの視界に入らない位置に布陣させている。
そして防衛班の者たちには己とガーデン施設全体にプロテスとシェルをかけさせていた。
要するにリノアの魔法によるガーデン施設への被害を少しでも減らすための対策だ。
シェルだけではなくプロテスもかけさせているのは、ひとえにリノアの怪力のせいでもある。
この女、ほっそりとした肢体の持ち主でありながら実はスコールやサイファーよりも力が強いという恐るべき魔女なのだ。
あの細腕でコンクリート壁を裏拳で打ち砕かれたのを見た日の夜、悪夢に魘された記憶は忘れたいが忘れられない。
アーヴァインとセルフィが何気ない様子を装って正門の壁に寄り掛かっていると、1分と経たずに水色の影が視界に現れた。
ママ先生、僕らは今から命を賭けて一世一代の演技をします。
「リノア〜! こっちこっち〜!」
元気いっぱいに手を振りリノアに笑いかける、努力をするセルフィ。
セルフィたちに気付いたリノアが鮮やかな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
二人の前で立ち止まり乱れた髪を手櫛で整えるリノアは、外見だけならば守ってあげたい系の可愛い女の子だ。
中身はあらゆる意味で魔女だけど。
「やあ、リノア。今回来るのは早かったんだね〜。いつもは正午頃に来るじゃないか〜」
「二人とも元気そうね。久しぶりにみんなに会えると思って、私いつもより早起きしちゃったのよ」
列車の運転手を脅して時刻表を無視した速度で走らせたのは誰だったろうか。
「そんなに会いたがってくれてたなんて光栄だよ〜」
「うちかてリノアに会いたい思ってたで〜」
ママ先生、僕らは台詞を棒読みにしないようにするだけで精一杯ですごめんなさい。
「ありがとう、セルフィ」
そう言ってふわりと微笑んだリノアは確かに可愛く、綺麗だった。
いや本当に見た目だけは。
「でもねぇ、聞いてよ二人とも! 今日も列車に乗ってバラムまで来たんだけど、途中で崖崩れがあったの!」
言われなくとも知っている。
その工作を考案したのはセルフィ、具体的な指示を出したのもこの二人であり、実際に工作班として動いたのはゼルだ。
「そのせいで、せっかく早起きしたのにいつもとあんまり変わらない時間に着いちゃったのよね…。崖崩れのせいで土砂が線路塞いじゃっててさ、乗務員さんたちも他の乗客も総出で掘り返したのよ? 私もちょっと手伝ったけどね」
などと嘘八百を茶目っ気たっぷりな笑顔で語られても、こちらとしては顔を引きつらせないようにするのが辛いだけである。
ちょっと手伝ったどころか、エアロ一発で土砂を吹っ飛ばしたのは、今眼の前にいるこのリノアなわけで。
そしてやっぱり、いざという時は乗客まで土砂撤去作業に従事させようとしていたらしい事が透けて見えるわけで。
「何かね〜、それがすっごく腹立ったの! あれさえなければもっと早く着いたのに!って思って」
まさかその腹立ち紛れの末のメテオなのか、リノア。
そのメテオで死にかけたゼルたち工作員もここまで言われるとまだ死んではいないが浮かばれまい。
「リノアも大変だったんだね〜」
「他に旅路で大変な事とかあったりせぇへんかったか〜? 何かあったら相談乗るで〜」
セルフィの時間稼ぎの言葉に可愛らしく小首を傾げたリノアは、何かを思いだしたように小さく唇を尖らせた。
さらりと美しい黒髪が揺れる。
「えっとね、その崖崩れのあったところの近くに変な監視カメラみたいのがあったの」
リノアさん、それは索敵機のカメラで貴方のいらっしゃった位置から2kmは離れていて、けして近くにはなかったはずなのですが。
ていうか、アンタあれに気付けたのかよ!
トラビア人の血が騒いでツッコミを入れたくて仕方がないセルフィは全身全霊でその衝動に耐えた。
「監視カメラ、ね〜。大方、どこかの国の軍が設置したんじゃないのかな〜」
「でも〜設置したまま忘れられとるカメラなんか多そうやとうちは思うで〜」
「え。あのカメラ、まだ動いてたわよ?」
きょとんとした表情でさらりと言われた言葉なのだが、意味を考えるとかなり恐ろしい。
リノアさん、貴方は2km先のカメラが動いている事まで感知しましたか。
「私も軍のカメラかな〜と思って余計腹立っちゃったからさ、石ぶつけて壊してやったの」
ころころ笑いながらリノアが少しだけ本当の事を言う。
石をぶつけて壊したというところが少しだけ当たっているのだ。
手で投げられるような石ではなく、メテオという禁断魔法で炎岩を落として壊したというのが正確なところだが。
ママ先生、僕らはそろそろ泣きたくなってきました。
サイファー! キスティスー!
お願いだから早くスコール持って帰ってきてー!!!!
心の中では絶叫が吹き荒れている二人であった。
誰もが思った。
もう疲れた、と。
そして訪れる恐怖の瞬間。
「ね、スコールはどこ?」
はい来た!!!
来たよ、とうとう!!!
最も恐れていた台詞が、美という形容詞を沢山付けたくなるけどでもあらゆる意味で魔女なリノアの口から出ました。
背中にじっとりと嫌な汗を掻きながらも、アーヴァインとセルフィはにこやかな笑顔を崩さない。
崩したら終わり、ここが正念場だ。
「スコールなら今日は任務で出てるよ〜。リノアが来るってのは知ってるから正午に合わせて帰還するけどね〜」
「ゼルは残念やけど今日中には戻れん任務中で〜、キスティスとサイファーはんちょが執務室で書類中なのね〜。かわいそ〜」
茶化すように二人合わせて言った事だけれど、言い訳としては上等な部類に入ると思う。
実際には、スコールはリノアから逃げてサイファーとキスティスが捕獲に向かい、ゼルはリノア足止め作戦の工作で出払ったというのが正確な事実なのだが、それをそのまま口に出した日にはその時がガーデンの歴史の終わりである。
「じゃあ、もうすぐスコールは帰ってくるのね。ゼルがいないのは残念だなぁ。でも、任務だったら仕方ないよね…」
任務だったら仕方ないと言いながらも、スコールが任務を理由に会わなかったら癇癪で破壊に走るのがリノアという女なわけだが。
スコールやサイファー辺りなら、言行一致という言葉の意味を千回は書き取らせたいと思っているはずだ。
「ところで、ガーデン全体がものすごく魔法の気配で充満してるみたいだけど、これって何?」
貴方の魔法と怪力対策のシェルとプロテスですとは口が裂けても言ってはいけない。
「ああ、さすがリノアだね〜。よく気付いたよ〜」