認識ある火室-プライベートルーム-
夜の会議は食事をしながら恙無く、中身を言えばいつも通りで終わった。日本の予定していたことも予想通りに終わり、しめしめと思えば、左斜めのいつも通りのロシアに対して微妙な感情を意識してみる。
本気で泣くところを見たことがないために、日本は考えていた。あれがロシアの本心から溢れる感情ならば、どうして自分に見せたのか。あの子供はイギリスのことが嫌いであっても顔に出すような、ましてや会話の中の単語だけで泣くほどのものではないだろうに。
そう思考を反らしているのは、なんとなく、なんとなくではない確定だけれども。今まで考えようとしなかった、ある一部分の感情について考えてみる。
しかし、それを日本は・・・・・・。ずっと会議から閉会した辺りまでロシアの様子を窺いながら考えたことを今の今まで引きずって、この一杯目のお酒が無くなる前に放棄して二杯目の焼酎に手を出す。
今日は、薄暗いあの部屋には行かなかった。どうせロシアもバツが悪くて来るはずもない。それに来たとして、なぜ恥知らずと顔を合わせなければならないのか。秘密の部屋に行かないのは互いのためだと日本は勝手に完結させて自室で嗜んでいると、朝と言ってもおかしくない時間にドアがなる。
「・・・・・・どうぞ」
今夜は来ないと踏んでいた人物がドアをくぐって来たのを見て日本は目を細めて不機嫌そうに迎える。
「・・・・・・」
「よく、顔を出せたものですね」
人が話している途中で追い出すなど失礼極まりないことをして、それを謝罪せずに何事もなかったかのように会議をするロシア行動を皮切りに不可解な事するロシアを責め立てた。
日本は足を組み直して睨みつける。
「・・・・・・さっきは、ごめんね」
消え入りそうな声が、どうにか日本まで届く。
「それを言いに、わざわざ寝ているかもしれないのに訪ねに来て下さったんですか」
「・・・・・・・」
嫌味たっぷりに言葉を添えて、酒を飲む。ロシアは俯いて顔を歪めている。
「そと、ベランダから見たら、電気がついてたから」
手を後ろに組んで顔を背ける。謝らないといけないって、思って、と繋げてからおずおずと顔をロシアは上げた。見えたのは一目で不機嫌と分かる日本の顔だ。前なら珍しい顔として嬉しかったはずなのに、今は苦しくて仕方がない。
「ふうん。で」
促したのは、ただそれだけのことで来たのかという物だ。言い訳があるなら聞いてやってもいいが、何でも言うつもりであるからして覚悟しろよ、と日本は目で訴えている。
戸惑いを一瞬に、ロシアは口を結んで日本に一歩一歩近づいて、前まで来ると後ろにやった手を横にぶらりと下げて結び目をほどいた。
「僕、ね、あの・・・・・・日本くんが好きみたいで」
「・・・・・・」
「す、好きで」
困り顔のロシアが、不機嫌な顔の日本に問いかける。
「日本、くんは・・・・・・あの、僕のこと、好き?」
「・・・・・・嫌いではないですよ」
顔を変えないまま呟かれたのは放り投げた様な言葉だ。それでも、ほっとするロシアに日本はたたみ掛けた。
「でも、貴方のは恋愛としてですよね。そしたら私はノーですよ。貴方とは良い飲み友達でいられると思ったんですが」
三杯目を注ぐ日本はロシアから目を反らして溜息をつく。同時、ロシアの表情は固まる。
「ぼ、僕ね、日本くんと飲み始めてから色々、知れて嬉しくて、その好きに」
「それは都合のよい相談相手を見つけた様なものでしょう」
「夜も昼間、も一緒に居たくて」
「付き合ってくれる相手に出会えただけです」
「・・・・・・でも、一緒に居たいとか見てほしいとかっ!」
「友人とかにも抱く感情ですよ、それ」
「だって! イギリスくんと話してる日本くん見て、盗られちゃうみたいで嫌だったよ! 僕のこと見てほしくて、日本くんがイギリスくんのこと話したら、どうしていいか分かんなくなっちゃったんだもん! これ嫉妬でいいんだよね、僕、僕、日本くんのこと好きだから嫉妬したんだよね、普通ならしない、しょうがないって諦めるし……僕、日本くんのこと好きなんだよ!」
「・・・・・・」
ふいと日本は顔を上げた。日本の言葉に驚いて必死に叫んでいたロシアは顔に赤みが差して肩で息をし、握り締めた拳は震えながらコートの裾に皺をつくる。
「僕、僕って、ロシアさん……自分のことしか考えてないんですね」
「でも、僕っ」
好きなんだ、と続けようとしてロシアは噤む。
「本当、自分のことばかり」
日本は嘲笑う。
「だから、貴方が私を好きだからってなんだって言うんですか? ご自分の立場をお忘れで?」
好きになってほしい、と続けることは出来なかった。ロシアには日本の言おうとしていることが分かる。
「・・・・・・勘違いですよ」
そんな感情は、私たちには備えられていません、そう日本はロシアの気持ちを切って捨てた。
「・・・・・・」
三杯目を半分過ぎたところでテーブルにグラスを置く。押し黙ったロシアの瞳は日本を見ているけれども、どこも見ていない。感情を露として、零すだけ零して何もなくなっているのだ。
「そっか、そうだよね。僕たち、国なんだもん。駄目なんだよね」
首をかしげて、ロシアは微笑んだ。
今度は日本が驚いて目を見開く。何かを得ている時の優しい微笑みで、そう煩わしいことを忘れたロシアが見せる、夢を語った時に見せた嬉しそうな微笑み涙を浮かべて、ロシアは踵を返した。
そこから出ていくまでに時間は掛からなかった。閉まりゆくドアと大きいはずの小さな背中が見えなくなるまで日本は目を離せずに、ロシアが帰っていく足音を聞きながら、いつのまにか浮かんでいた腰をソファの中に落ち着ける。
「・・・・・・ほんと、なんなんですか」
ふかく、深くソファに座りなおして天井を見上げれば「夜中に、馬鹿ばかしい」そう呟くけれどもバツが悪くて日本は目を閉じた。
作品名:認識ある火室-プライベートルーム- 作家名:相模花時@桜人優