涼の風吹く放課後 お試し版
距離が近づくと、俺より少し背が低めの『彼女』は上目づかいとなり、余計に非力な小動物のようにも見える。何か、悪いことをしてしまった気分。ただ、『彼女』の声は、どちらかというと少女というよりは少年っぽかった。もしかしたら、男装した女生徒ではなく、男装した男子生徒かもしれない。って、何か変なことを言っているぞ俺は。
「そうか、ならよかった。初めまして、よろしく。」
自分自身を落ち着けるように、優しいトーンで声をかける。
「はい、よろしく…。あ、ごめんなさい。僕、睨んでました?」
『僕』と言ってるから、やっぱり男子学生なのか。
「睨んでいたって程ではないけど、俺のことを知ってるのかな、と思って、声をかけたんだけど。そうか、ひょっとしてキミ、目が悪い?」
男子学生となれば、正直、少し安心だ。自然と身振りが大きくなっていくような、いかにもフレンドリーという態度になっていく自分が可笑しい。
「あうぅ…。すみません。最近、目を凝らさないと顔が区別つかないんです。ねえちゃんから早く眼鏡作りなさいと言われてるんだけど、ちょっと悩んでて…。」
何を悩んでるんだろ? 色々と不思議な子だな。
「もう新学期になったことだし、早めに作ったほうがいいんじゃないかな。ていうか、キミも…新入生だよね?」
「はいっ。番南無中学校から進学してきました。秋月涼と言います。」
お辞儀までして、妙に律儀に自己紹介をしてくれた。しかし、名前まで『りょう』とは、男か女かはっきりしない子だ。
「俺は立花勇。南無湖中から来たんだ。番南無中の知り合いはまだいないから、涼君が初めてになるかな。よろしくな。」
「あ、こちらこそよろしくお願いしますっ、勇君でいいですか?」
ぱぁっと花開いた笑顔からあふれて出たような、少し上ずって余計に少女っぽい響きの『ゆうくん』の音が俺の心の中に何度もこだました。自分でもはっきりわかるくらい紅潮する。なんだなんだ、男にドギマギしてたら変態さんだぞ俺は…。えっと、何か話題はないか…。そうだ、こいつの格好、襟まできっちり留めてるのがどうにも気になってたんだ。
「ところで、どうしてそんなに襟まできっちり留めてるんだ? まだ入学式も始まってないし、堅苦しいだろ。」
作品名:涼の風吹く放課後 お試し版 作家名:みにもみ。