涼の風吹く放課後 お試し版
「すまんな、俺にはそのあたりはいかんともしがたい。」
「期待してないよ、そんなこと。」
ぐさっ、となかなか鋭い言葉をくれる。
「まぁ、所詮はただの演技だよ。経験に入るわけじゃない。」
「でも、経験がないと、演技にリアリティが出ないと思うんだ…。」
そうか、経験してしまえばいいのか…なんて、涼がリアルな男性同士のキスなんて経験したら、さらに涼の悩みが深くなってしまう。
「まぁ、疑似とはいえ、今度の演劇でキスシーンを演じる気持ちを確かめてみたらどうかな?」
「うーん、まぁ、本当にキスするまでの心構えが出来るとは思えないけど、頑張ってみるか。」
「そうそう、何事も前向きに取り組もうな。」
「人ごとでいいなぁ、勇は。」
「そう言うなって。俺にしてみれば、涼が本当にうらやましいぞ。」
「…うらやましい?」
「自分のやりたいことがあって、それを目指して行動して、その中でみんなから必要とされて、自分の世界が広がって行ってるじゃない。」
「なんか、意図した方向と違うんだけどね…。」
「それでも、人から必要とされるってことは、何事にも替えがたいことさ。自分で求めるだけでは、虚しいよ。」
「うん…。そうだね。アイドルにならなきゃ、いけないんだしね…。人から求められてこそ、だよね。」
「そう思うよ。」
うまく話がまとまったあたりで、涼の家に着いた。
「じゃあ、いよいよ明日、頑張ろうな。」
涼に声をかける。
「そうだね、本当は今日で全部肩の荷が下りるはずだったのにね。」
涼は苦笑いをしながら、俺を見送る。明日はいよいよ本番、涼が初めて学校で娘役をやる日だ。どういうわけかはわからないけれど、本当に涼は、奇妙な運命に支配されているとしか思えない。そんな涼を見守るしか出来ないでいるが、せめて、いつでも手助けできる場所にいよう、そう思った。
そしてその機会は、驚くほど早く訪れた。
翌日の本番は、クラス順に行われた。つまり、俺たちのクラスは二番目に登場となった。
俺は監督代行として、舞台の袖から演技の様子をずっと見ていた。ヒロインの代役となった涼は、さながらプレイングマネージャーで、演技をしながらも目立たないように指先で指示を出したり、出番のない時は袖で他の役者に語りかけたりしている。
作品名:涼の風吹く放課後 お試し版 作家名:みにもみ。