涼の風吹く放課後 お試し版
涼のヒロイン姿には、最初は冷やかしのような声が飛んでいたが、やがて涼の演技の迫真ぶりに、そんな声は影をひそめるようになった。ぱっと見たところでは女子と違和感ない、いや、可愛らしさではほとんどの女子がかなわないような涼が、舞台の上を華麗な身のこなしで飛び回り、戦い、叫び、そして嘆いていた。観客はヒロインが女装であることなど忘れて、涼の演技に魅了されていった。それだけで、この演劇が成功間違いないように思えた、ここまでは。
最後のアクションシーンは海賊達を相手にした剣による戦闘シーンだ。舞台の上を十人近い演者が入り乱れて、剣を振り回す。稽古の時と違って、洞窟の中をイメージした照明効果で足元は見えにくかった。その中を、主役とキャプテン役は必死に剣を振り回し、立ち回った。その中で、一瞬、主役の斉藤君が足を捻った。主役と剣を打ち合っていた敵役が、目標とする剣を見失い、バランスを崩して、体勢を崩していた斉藤君の上に崩れ落ちた。戦闘シーンの中のどさくさで、観客にはそれがアクシデントだと気づきにくかったが、なんとか彼らは立ち上がって、アクションシーンを演じきった。
しかし、最後のシーンに入るところで、斉藤君から悲痛な声が上がった。足を捻挫したようで、主役がキャプテン役を処刑から救う重要シーンを演じるのが厳しいというのだ。最後の最後に来て、最大の試練がふりかかった。
涼は、しばらく頭を抱えていたが、やがて、すくっと立ち上がる。何か、決断を下したようだ。
「勇、昨日、僕に言ってくれたよね。」
「えっ?」
俺は涼に聞き返す。
「昨日、『人から必要とされるってことは、何事にも替えがたいこと』だって、勇は言ってくれた。僕も、ここまでヒロインを演じてみて、いま本当にそう思うよ。」
「えっと…。それって…。」
俺は、まさか、と思ったけれど、涼の目に迷いはなかった。
「大変、急で悪いけど、斉藤君の代わりに演じてくれ。セリフは、頭に入ってるはずだろ?」
俺に、それを断れるはずもなかった。
主役の服に着替えている間、涼と少し話をした。
「本当に、最後までいろんな事件に見舞われたけど、なんとか最後までやりぬこうな。」
「そうだね…。怪我までして演じてくれたみんなのためにも。成功させないとね。」
「涼にとっても、いい経験になるといいな。」
作品名:涼の風吹く放課後 お試し版 作家名:みにもみ。