いつかの未来で逢いましょう
『ふふふ。でも、相手が居なくなった後で、そんな約束守るマフィアが居る筈ないのにね。人間、死んだら終わりだよ。そんな事も解らないなんて、お人好しが過ぎるっていうか何ていうか……。やっぱ、生まれながらのマフィアじゃない上、日本なんかでぬくぬく生きてきた少年がボンゴレのボスになるなんて無理な話だったんだよね。9代目もとんだ見込み違いだったと嘆いてるに違いないよ』
(確かにマフィアの世界に身を置くには、優しすぎるひとだった。けれど、だからこそ僕は目を離せなかった。守りたいと思った。優しく強く、誇り高い彼こそ、頂点に在るべき人間だったんだ。何も知らないくせに、この男は! あの人はこんな男に…!)
主の死と標的の言葉は、知らず知らずの内に骸に冷静さを欠かせていた。
敵は思った以上に的確に、骸の中の急所を突いていたのだ。
男は骸が想像したより遥かに早くから、不穏な輩の存在に気付いていたのだろう。
そして、ずっと骸を試していたのだ。
男の『仲間』であれば、別段気にする事もない程度の、他愛も無い軽口で。
マフィアの世界においては、人の生き死にについての話題など、特に敵対しているマフィアの噂や不幸事など、日常における挨拶のようなものだ。
ましてや非情と謳われるファミリーのボスが言う事、同様に笑って流せるぐらいでなければ伝達役など勤まりはしない。
けれども、主を失った骸にとっては、男の話は冗談でも許せるものではなかった。
やがて ――――――― 身の内に限界まで積もった負の感情は、骸を一人きりの弔い合戦へと導く事となった。
だがそれは、言い様によっては成り行きでもあり、不本意ながら、一時退却のタイミングを逃した所為でもあった。
とある重要な情報を手に入れた骸は、今度こそ情報をボンゴレサイドに流そうと考え、一旦退却し、敵本部を抜け出そうとした。
黙って抜け出そうとしたのだが、何時もより早い時間に昼食を終えて自室に戻って来たボスに見つかってしまい、腹を括って、レオナルド・リッピとして「お話があります」と申し出た。
マフィアの世界から足を洗おうと思うので、ミルフィオーレを辞めさせてほしいと、持ち掛けてみたのだ。
他人にはさして興味を持たない男の事、骸の予想では、多少怪しまれるかもしれないが、何の咎めも無しに了承される筈だった。
ところが予想は正反対の方向に外れてしまった。
『そーいうの、もういいからさ。出ておいでよ、六道骸くん』
冷たい声を発しながら、男は作り物めいた笑顔を崩さない。
そして、名を呼ばれた骸は、頭の中で何かが切れる音を聞いた。
『…いつから?』
『随分前だよ。ダチュラの花を飾ってもらったの、覚えてる? あれの花言葉、“変装”なんだ』
『やはり、僕が感じていた通り……。あの頃から、あなたの視線がくすぐったかった。お互い、腹を探り合っていたという訳ですか。あなたが入江正一に知らせたりしなければ、もう少し遊んでいられたんですがね』
『うん、遊びなら許してあげられたんだけどね。ボンゴレの仕事し始めちゃったら見逃せないよ』
『彼らと一緒にされるのは心外ですね…』
骸は仮初の肉体を元に幻覚を乗せ、本来の姿を象る。
事前に起こった出来事に少しばかり力を使ってしまったとは言え、準備は万全だった。
必要なリングも匣も手に入れておいたし、下調べも出来得る限り、入念に済ませておいた。
(部隊長ぐらいなら一人で十分ですが、総大将クラスとなると、有幻覚の身で一対一で戦うには荷の重過ぎる相手……本音を言えば戦わずに此処を抜け出したかったんですが、こうなっては止むを得ませんね)
そう考える半面、骸は、自分自身の気分が激しく高揚するのを感じていた。
恐らく、無傷で逃げ果せたいと思うと同時に、こうなる事をも願っていたのだ。
「彼」亡き後、自身の計画を遂行したいと思うと同時に、「彼」の仇を取りたいと、ずっと考えていたのだから。
普段であれば、こんなに簡単に敵の口車に乗せられる事など無かった筈だ。
(やるだけやってみましょうか…。謎の多い相手ではありますが、これで少しでも、この男の実力を測れれば、その情報を持って出られれば、後が楽になる)
契約に至るまでに、苦戦を強いられることは間違いなかった。
だから勿論、契約が不可能な場合の事も考えてある。
(いざとなれば、この器を捨てて行けば良い事ですしね。それに…)
幼くなってしまったファミリーの事は、クローム髑髏が飛ばされてくる前から知っていた。
幾らボンゴレリングと共にやって来たとは言え、“あの頃”の子供達では、今は何の役にも立たない事も。
骸は、この世界で子供達が成人し、守護者の称号を冠するに相応しいヒットマンと成るまでの経過を全て知っている。
およそ10年という時間が、彼らを強くした。
彼らは少年時代から人並み外れた成長を見せてはいたが、それでも、日々の積み重ねがあってこその今 ―――― 24歳ないし25歳の「現在の彼等」があった。
例え今、彼らが此処へ遣って来たとしても、10年前の実力では到底太刀打ち出来ないだろう。
そもそも、未だ敵の日本支部すら壊滅させていない彼らが、今後、無傷で此処に辿り着けるという保証も無い。
笹川了平と雲雀恭弥もまだ入れ替わっておらず、現在の二人のまま参戦するらしいが、片方は力押しの人間であるし、もう一方はそもそも味方らしい振る舞いをするかどうかが解らない。
過去と現在の守護者が全員集まった所で、まともな作戦が練れているかどうかも怪しい現状だ。
何よりボンゴレには不運な事に、10年経っても気紛れで我儘な雲雀が取る行動によっては、仲間割れや自滅の可能性だって残されている。
ただ、黄色のおしゃぶりを持つアルコバレーノに酷く惹かれていた雲雀のこと。
アジトにかつて姿のままのアルコバレーノが居るのなら、下手な事はしないだろう。
だが彼の性格上、自ら進んで(言い換えるなら無償で)子供達の手助けをする事はない筈だ。
只でさえ今は年上である、中学時代には恐怖の対象でしかなかったあの扱い辛い男を相手にして、子供達は苦労するに違いない。
同じ年上でも、笹川はそういう意味では無害だが、元々の性格が性格であるし、実戦以外では役に立たないだろう。
しかしこの際、彼はいざという時に実力を発揮してくれれば、それでいい。
普段はボクサーとして、有事の際にはボンゴレの晴れの守護者として戦場に立つ男。
明と暗、両方の道でまっすぐ生きる彼の力は何時だって、仲間達の悩みや逆境を軽く吹き飛ばして来た。
あの太陽が残されているのだから、子供達の未来も、そう暗くはないだろう。
ならば、と、骸は思う。
今一番自由に動ける自分が先陣を切って、敵の戦力を減らしてやるべきだと。
幸いにも、こうして敵の本拠地に潜り込めている上、目の前に狙う首があるのだから。
どれだけマフィアに恨みがあろうとも、仮にもボンゴレの霧の守護者の任を背負っているのだから、これは義務だ。
作品名:いつかの未来で逢いましょう 作家名:東雲 尊