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いつかの未来で逢いましょう

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(それに……もし僕に何かあっても、クロームはもう、一人で生きて行ける。少々腹が立ちますが、彼女の事はアルコバレーノと未だ替わっていない雲雀恭弥が、どうにかしてくれる筈だ。雲雀が動かなくてもアルコバレーノが指図するはず。ボンゴレリングとボンゴレの施設があれば、大抵の事はどうにかなる。他には何も、思い残す事はない。子供達はボンゴレの……「僕ら」の希望。今は何も知らぬまま、残された時間を存分に使って少しでも成長すると良い。その間、僕はここで何かを成せれば…彼らに土産を残せれば良いのですが…)



『わあ、重装備だね。なんだ、骸君、闘る気マンマンじゃん』

『当然ですよ。楽しみにしてましたからね……あなたを乗っ取る、この時を』

『ふふふ。食後の運動ぐらいには、なるかな?』


 生活感の無い、広いだけの部屋で、白衣の男と黒衣の男は向き合った。

 一人では危険だと、本能が訴える。
 多くの血に塗れ、修羅場を生き抜いてきたからこそ解る、生命の危機。

 身震いがした。

(こんな感覚は、久し振りだ)

 けれども骸は敢えて挑む、不倶戴天の敵に。
 磨かれた武器を手に。


『あなたには個人的に恨みがありますからね……“契約”するのが最良だと思っていましたが、やはり……殺してしまいましょう』


 勝負を仕掛けたのは黒。
 彼が動く度、金属の刃が激しい音を立てた。


『うん、知ってる。骸くん、ずっと殺気立ってたもんね。気配、殺し切れて無かったよ? あと……契約するっていうのも、僕を殺すっていうのも、無理だと思うよ』


 受けて立つ、白。
 攻撃をモノともせず、右へ左へと交わしては、指に輝くリングの能力を最大限に生かし、反撃する。

 室内を所狭しと飛び回る二人の動きには無駄が無かった。
 互いに押しては引き、攻めては守りを繰り返す。
 部屋中に響く爆破音。
 骸はこの戦いに於いて、様子見をするつもりはなかった。
 一撃目から、六つの能力と死ぬ気の炎、持てる力の全てを放出し、相手に向かって行った。
 しかし相手は、指輪を光らせるだけで全ての攻撃を緩和し、弾き返し、防いでしまう。
 マフィアの世界に伝わる、由緒ある指輪の一つ。
 かつて人知の及ばぬ「闇」と取引して作られたという指輪の魔力を余す事無く引き出し、活用出来る敵に、骸は無意識に怯む。
 指輪も匣も、数有れば良いというものではない、それを今、嫌と言うほど知らされているのだ。

(一度も当たらないなんて…! こちらにもボンゴレリングがあれば、もう少しは…っ!)

 二人の激しい攻防は、骸がやや劣勢の状態で続いた。
 凄まじい力がぶつかり合い、それによって起こる衝撃波で辺りの物は残さず薙ぎ払われる。
 頑丈であるはずの部屋の床、天井に、次々と穴が空いて行く。
 襲撃に備え強化されているはずの窓ガラスも飴細工のように簡単に割れ、所々から青い空がそのまま覗いた。



 不意に ――――――― 白い標的が動きを止める。



『んー……期待してたんだけど、ガッカリしちゃったなー。霧の守護者はボンゴレでは2番目に強いって聞いてたから、ワクワクしてたんだけど。ねえ骸くん、そのヘルリング、偽モノじゃないの? 幾らなんでも弱すぎ』 

『な…っ!』

 交戦を始めてから、僅か数十分の後。

 唐突に、勝敗は決した。


『遊びはおしまい。……ソレさえ無ければ、君も悪戯は出来ないよね』


“バリン”


 強い圧迫を受けた、そう感じた瞬間、骸の右目が粉々に ―――――― 弾け飛んだ。


『…! …っう、ぁああぁああっ――――――――!!』


 緋色の宝玉を奪われ空洞と化した眼孔から、とめどなく血が流れ出す。
 破片が其処此処に刺さっているのだろう、内側に鋭い痛みが走る。
 完全に自身を実体化した時には痛覚までが忠実に再現されるのが、難点だった。
 骸は紅く濡れた床に膝を付き、唇を噛みしめ呻き、今にも意識を飛ばしてしまいそうな程の苦痛に耐える。


(…この男、今、何をした……?! これが、こんなに簡単に破壊されるなんて…! 駄目だ、力が失われて行く……。この体はもう使えない…、早く、出て行かなければ…っ)


『……ああ。そうだ。実体化を解いてズラかろうとしたって、無駄だよ。この部屋には特殊な結界が張り巡らされていてね。何にも通さないんだ。電波や光は勿論、思念の類もね。だから……逃げられないよ? 骸くん』

『馬鹿、な……!』



 骸は、負けた。


 惨敗だった。

 能力の源である緋色の瞳を破壊され。
 地面に這い蹲らされて。
 その上、みっともなく逃げる事さえ、許されないというのだ。

(…思念まで、遮断出来るなんて……本当に、こんなことが……!)

 この10年、科学技術が各分野で飛躍的に発展しているとは言え、人の思念を捉える事が出来たなど聞いた事もないし、物理的に有り得ない。
 有り得ない事だからこそ ――――――― 「逃げられない」などと、考えもしなかった。

(ミルフィオーレは……この男は一体、何を研究し……どんな成果を上げているというんだ……!?)

 けれども、言われてみれば、おかしい部分は確かにあった。
 戦闘によって無残に割られた、窓ガラス。
 部屋をぐるりと囲むガラスの至る所にあれだけ派手に穴が空いているのなら、吹き込む風を感じても良い筈だったのだ。
 この建物は海が近いのだから、尚更、無風というのはおかしい。
 よくよく思い出せば、室内に立ち込めた煙も、緩やかに消えはしたが外に排出されている気配が無かった。
 相手に対する極度の緊張から、細やかに周囲の様子を窺うのを失念していた。
 この部屋は、最初から、特殊な「何か」に包囲されていたのだ。
 空気と同じような、何かで。


『……っ…ぅ……』

『ウチには優秀な学者や研究者が沢山居てね。僕が世界を獲るお手伝いしてくれてるの。ミルフィオーレの科学技術は、多分、他所の追随を許さないものになっているよ。僕らはね、目に見えない力に興味があるんだよ。だからこんなことも出来ちゃうよーになったんだけど。…それにしても、骸くんてば、本当に、ボンゴレ10代目の事が好きだったんだね。自分でカマかけておいて言うのも可笑しいけど、君は賢いからさ、もっと白を切り通して、あの場を凌ぐと思ってたよ。僕も、今日君と戦う気は、正直あんまり無かったし』

 標的は、戦いの場に似つかわしくない笑顔を以て、幻覚を実体化し、命を懸けてまで戦う青年を憐れんだ。


『君が勝ち目のない戦いしちゃうぐらい大事な人を殺しちゃって、ごめんね』


 悪びれもせず、息すら切らさず。
 男はいっそ無邪気とも言える笑みを浮かべて言った。
 骸は、言葉にすれば簡単な「格の違い」というものを、まざまざと見せつけられた。
 予想を遥かに上回る、圧倒的な戦闘力。
 想像を超えた知力、格闘センス。
 どれ一つとっても、とても勝てる相手では無かった。
 この時代の守護者達の援護を受けたとしても、一人や二人では勝てたかどうか判らない。