いつかの未来で逢いましょう
(実体と自分のボンゴレリングが無い分、僕が不利だという認識はあった。けれど、まさか此処までの差があるとは思わなかった…。侮っていた…。恐ろしい男だ……。彼の仇を、討ちたかった…。幼い彼らの為に、何かしてあげたかった……。なのに…僕は……何も……あの人の弔いすら、出来ないまま……)
そして、霧の守護者は
『彼を殺しちゃったお詫びに、君を見逃してあげても、良いんだけどさ。やっぱ勝負は勝負だから。白黒付けないと、僕も部下に示しが付かないの。……さあて、骸くん。君もそろそろ本当の死を迎えちゃおっか。運が良ければ明日があるかもしれないし、次に目覚めた時、また彼に逢えるかもしれないよ。それまで ―――― バイバイ』
慰めとも揶揄ともつかない言葉と共に、唯一自由があった魂を屠られた。
最早為す術も無かった。
己の精神と、契約した人間の肉体を完全に融合させた有幻覚体状態での、完全なる敗北 ――― それは即ち、避け様の無い絶対の死を意味する。
魂が消滅すれば、未だ暗い水牢の中に囚われている骸自身の肉体も、間を置かずして朽ち果てるだろう。
静かに、静かに……誰にも知られること無く、呼吸を止めて、鼓動を止めて。
ただの肉塊と化した後、処分されるのだ。
(せめて、一矢報いたかった…。彼の、痛みを……少しでも…この男に…)
とどめの一撃を受けた身体から、夥しい量の血液が流れ出る。
先の攻撃で既に大量に出血していた骸の意識は、加速を付けて霞んで行く。
男が未だに何かを喋っているようだが、その声はまるで膜が張っているかのようにぼやけていて、遠かった。
『ねえ骸くん。ここだけの話をしてあげよっか? 君が大事にしていたボスは、僕に銃を向けられた時、全然怯えなかったし、命乞いもしなかった。笑っていたんだ。王様の風格は失われていなかったよ。椅子に深く腰掛けたまま優雅に足を組んで、細い脚の上で両手を組んで。にっこり笑って、でも遠くを見ながら、彼は僕にこう言ったの。
“あのさあ……俺の好きな人、マフィアが嫌いなんだよね。最近、だいぶマシになったんだけど、仕事だって言うとやっぱ嫌な顔をするんだ。あんな顔させるの嫌だったし、辛かった。だから俺は、出来る事なら、一日でも早くボンゴレっていうものから解放されたかった。これは、ちょうど良い機会なんだよね。家庭教師には怒られるだろうけど、やり直せるなら、今度はダメなままで良いな。うん、ダメなままが良い。こんな地位も名誉も要らないからさ。俺、ずっと、窮屈だった。それに、この世界にも大切なモノは沢山あるけど、本当に欲しいものが手に入らないんだ。こういう事、自分でいうのもアレだけど……マフィアの頂点に立つ俺の地位をもってしても、一番の願いは、叶わないんだって。どんだけ願っても、俺が欲しいものはこの世界では二度と手に入らないって、太鼓判押されちゃったんだよ。それじゃ嫌々マフィアになった意味もないだろ? しかも俺がバカな事した所為で、あの憎たらしい家庭教師達は俺より弱くなっちゃったし、彼の戦友達は皆いなくなっちゃった。指輪は21個あってこその代物だったなんて、知ってたら絶対に破棄なんかしなかったのに。アレがある所為で抗争が激化してきたから、指輪さえなけりゃって、思ってた。指輪が無くなりゃお前らだって諦めるだろうって、簡単に考えてた。なんで大事なトコで直感が働かなかったのかなあ……俺、自分を呪うよ。お前らがどうやって、あの力を増幅させたのかは知らない。けど、ノン・トゥリニセッテそのものを作ってしまったのは ―――― 俺だ。ボンゴレリングが消滅してから、何もかも、おかしくなっちゃった。でもあの時、誰も俺を責めなかった。後になって原因に気づいた人達……当事者でさえ、誰一人としてね。真実に気付いた時、俺は本当に死んじゃいたかったよ。情けなくて、悲しくて、間接的に仲間を殺しちゃった事が、怖くてしょうがなかった。けど、好きな人も、大事な人達も、みーんな、俺を許してくれた。上辺だけじゃなくてね。ボンゴレの決定なんだから、従うだけだって。お前が望んだんだから、どんな結果になったって、それで良いんだって。自分達の命に関わる事だってのに、何一つ、気にも留めないんだ。ねえ、信じられないだろ? 俺、あいつらが言う事聞いて初めて、俺にはボンゴレのボスだって肩書があるだけで、他には何も無いんだなって思ったよ。人を想う権利も、人の死を悼む権利も、自ら死を選ぶ権利すら無いんだ。それがどれだけつまらない事で、悔しい事で、何より辛い事か、解る?
……だから俺は、全部捨てて、やり直したいんだ。例え同じ人生を何度繰り返す事になってもね。何処かの時間で、「道」は必ず変わると、変えられると信じてるから。お前だって、現在を変えたいんだろう? 利害は一致してる。だからさ……早く俺を、楽にしてくんない?“
って。彼を嵌めたつもりが、嵌められてたよ。ある意味で、ね。あの子は一枚上手だった。歴史あるボンゴレのボスに相応しい、賢い子だったよ。噂に違わず、底抜けに優しくて、裏表のない子だった。そして、とても可哀想な子だった。だからちょっとだけ、彼の願いも一緒に叶えてあげたくなっちゃったのね。
本当はボヴィーノのお宝を改造した銃で、過去のあの子と入れ替えて指輪だけ頂く予定だったんだけど、本物の銃で撃ち殺しちゃったんだよ。僕は意地悪だから、今まで死にたがりの人を殺してあげた事なんかなかったんだけどね。ま、その所為で色々ややこしくなってきて、僕の野望が叶うかどうか……雲行き怪しくなってきちゃったけど。それはどーにかするよ。タイムトラベルの理論もなんとか解明出来たし、まだまだ改良の余地はあるけど、改造銃も実用化レベルに達したからね。今回失敗してもやり直しがきく。ボンゴレサイドもそれを解っているから、動き出したんだろ。少し前、正チャンの研究結果と一緒に“キッチリ10年を行き来出来ない”、“どんな別世界に飛ぶか解らない”、“この世界に帰って来られないかもしれない”、“時間制限がない”なんて、色々問題ありまくりの不良品と未完成品の改造バズーカが幾つか盗まれた、って報告を受けたのと黄色のアルコバレーノが消えた時期が一致してるし、その後暫くして“彼ら”が入れ替わり始めて、彼らは5分経っても元の世界に帰れないっていうんだから……これって絶対関係あるよね? そう思わない?
これから先、どうなるか楽しみだなあ。まあ、何にしても“この時代のボンゴレ10代目“の願いだけは、今の時点で完璧に叶ったのかな? あの子は僕に殺される事で自由になれた訳だし、君まで ―――――― 』
(………何、を言っているんだろうか……。何も……なにも……聞こえない…。ああ、クローム、せめて、これだけは…君に……。………君達に……伝えなければ……)
骸は残された力を振り絞り、全てを遮断された小さな世界から思念を送る。
無駄だとしても、どうしても伝えておきたい事があった。
伝えられれば一番役立つはずの、大切な情報が。
作品名:いつかの未来で逢いましょう 作家名:東雲 尊